温泉休暇の大騒動-12
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退魔士たちが食事に向う中、ジークは宿泊室の方へときびすを返し、急ぎ足で廊下を進む。
マルセラは隊長の妻に預けたのだが、オークの襲撃が堪えていないか心配だった。
しかし、訪れた部屋にマルセラの姿はなく、隊長の妻は困惑顔で説明する。
「マルセラちゃん、お夕飯は一緒に食べたんだけど、もう一人で大丈夫だって、ついさっき部屋に帰っちゃったのよ。貴方が迎えに来るまで、引きとめようとしたんだけど……」
元気そうでご飯も全部食べた。という言葉に、少し安堵したが、ジークはさらに急ぎ足で自室へ駆け戻る。
ふすま戸をあけると、部屋にはもう二組の布団が敷かれ、片方が小さく膨らみ震えていた。
戸の開く音に、膨らみがびくりと跳ねる。
「マルセラ、俺だ」
声をかけると、中からマルセラがもぞもぞと顔を覗かせた。少し青ざめていたが、ジークを見るとニコリと笑う。
「おかえりなさい、ジークお兄ちゃん」
ホっとして、足から力が抜ける。隣りの布団へ胡坐をかいて座り込んだ。
「お前なぁ、一人で怖がってるくらいなら、隊長の部屋にいりゃ良かったじゃねーか」
額を軽く指で弾くと、マルセラは頬を膨らませた。
布団にもぐりこんでいたせいで、可愛く纏められていた髪はグシャグシャになり、浴衣もはだけかかっていた。
「雪ダルマ作って疲れたから、寝てただけなの! 怖くないもん! ジークお兄ちゃんは、オークなんか一撃だったし」
「……言っただろ。俺は強いんだよ」
ヘアゴムを外して、手櫛で簡単に髪をなでつけ、浴衣の襟元も直してやる。
マルセラは嬉しそうに目を細め、ジークが手を離すと、また自分の布団に潜り込んだ。
しかし今度は、ちゃんと首から上を出し、枕に頭を乗せて、大きな瞳でジークを見る。
「すごく楽しいよ。連れてきてくれて、ありがとう」
「あ、ああ……」
それ以上答えられず、ジークは灯りを小さくし、急いで自分の布団に潜り込んだ。
しかし、まるで眠れる気配はない。
時間も早すぎるし空腹だが、それよりも胸のあたりがやけに重苦しい。
マルセラは、旅行に誘うと大喜びし、初めての雪遊びも楽しんでいたようだ。
けれど、連れて来たのは正解だったか、段々と不安になってきた。
どんなに懐かれていても、ジークは本当の家族ではないし、代わりになれるとも思えない。
何しろ自分自身が、平和な家族というものを、まったく知らないのだ。
もしかしたら、幸せそうな家族連ればかりの中で、かえって寂しい思いをさせてしまったかもしれない。
それに、予想外のトラブルとはいえ、あのオーク襲撃は最悪だった。
家族連れが楽しんでいる中に、複数の魔獣が突然襲ってくる状況は、マルセラにとって忘れ難い記憶の傷を掻き毟られた気分だろう。
隊長の家族といるのを拒んだのは、あの時の事を思い出したせいかもしれない。
「……」
寝返りを打ち、マルセラの様子をチラリと伺う。
ジークは夜目が利き、薄暗い部屋でも、マルセラが目を硬く閉じて眉根を寄せているのが見えた。眠っているようには、とうてい見えない。硬く引き結んだ口元が、泣き出しそうにヒクヒク震えている。
しばらく迷った末に、ジークは口を開いた。