〈晴らすべき闇〉-6
『……お前、誰のおかげで美津紀と麻里子を狩れたと思ってんだ?俺の協力が無けりゃ一人だって覚束ねえだろうが!!』
さすがと言うべきか、八代の威圧的な台詞に、専務は言い返す余地が無かった。
入念に仕込まれた銭森姉妹との信頼関係と裏切りは、悔しいかな八代にしか出来ない事だった。
美津紀を罠に誘い込む為に、文乃に秘匿すべき情報の欠片を与え、二人を貨物船に導いたのも八代だったし、麻里子を無防備なまま甲板上に突進させたのも八代だ。
この男が居なければ、とてもじゃないが麻里子は疎か、美津紀すら専務には捕えるのは不可能に近く、これまでの“商売”は無かった筈なのだ。
これまで多少の口論はあったが、ここまで険悪な雰囲気は部下達も経験はなく、皆が固まったように動かない。
一仕事終えて、本来ならリラックスした空間なはずなのに、これ以上ないくらいの緊迫感が張り詰めている……それを破ったのは、専務の方だった。
『……言葉が悪かったな。いや、すまなかった……』
これから春奈を狩ろうというのに、売却処分した牝の為に啀み合うのは建設的とは言えまい。
専務は膝に手を当てて、深く頭を下げた。
『ま、俺も言い過ぎたな。俺も悪かったよ』
今度は八代も頭を下げ、互いに頭頂部を付き合わせるように詫びている。
事務所内の空気は和らぎはじめ、部下達は各々の仕事の再開を始めた。
そして気を利かせた部下は新しくコーヒーを煎れ、それを二人は美味そうに啜った。
『……ところでよ、そのクソオヤジがリクエストを寄越したんだ。麻里子みたいな傲慢な牝が欲しいとよ……思い当たる奴は居るか?』
場の空気をもっと解そうとしてか、専務は作り笑顔のように顔を崩し、身を乗り出して話し掛けた。
それを見れば、二人の力関係は一目瞭然だ。
『麻里子みたいな……居なくは無いが、それが刑事なら止めといた方が利口だな』
思わせぶりな台詞をコーヒーと一緒に飲み込むと、軽く溜め息をついてカップを静かに置いた。
八代は麻里子の怖さを知っていた。
専務が文乃の拳銃を手に入れて無かったなら、狩りは失敗に終わっていたはずだ。
美津紀や文乃のような、逮捕の為の投げ技など有り得なく、腕や肩を掴まえたが最後、間違いなく専務達の関節を破壊し、立ち上がれなくなるまで顔面に強烈な打撃を加えたはずだ。
手加減を知らない麻里子を前にしたなら、専務や部下達など雑魚の群れに等しく、一方的な展開で正義の鉄槌は下されただろう。
あの日、麻里子を簡単に捕まえられたのは、策が上手くいっただけのこと。
甘く見て、麻里子のような女刑事を狩ろうなどとは、それは思い上がりだと八代は思っていた。
だからこその態度であり、乗り気ではない素振りを見せたのだ。