桜の降る時-2
「さきほど紹介されました、藤森 蓮(ふじもり れん)です。新米ですがよろしくお願いします。」
そう挨拶し、教壇に立った新任の先生は若かった。自分で新米だという通り、教師になりたてなのかしら?藤森先生の顔をじっと見ていると不思議なことに前にも会ったことがあるような気がしてきた。こうゆうのデジャヴっていうんだっけ?
そんなことを考えているうちに、藤森先生が生徒1人1人を回りながら自己紹介をすることになっていた。
「先生はいくつですか?」「独身ですか?」「趣味はなんですか?」
若い先生なんて珍しいから、みんな興味津々に好き勝手なことを聞いてた。先生はそんな質問をうまくかわしながら進み、気が付くとあたしの所まで来ていた。
「えーっと次は…。水…みずしろ、かな?みずしろかすみ。」
名簿に目をやりながら藤森先生はあたしの前まできた。やっぱりみんな間違えるのね。
「みずき、です。水城ってかいてみずきって読むんです。」
あたしがそう言うと藤森先生は名簿からあたしに視線を移した。そしてなぜか驚いた顔をして小さな声で呟いた。
「さくら…。」
「え?」
さくら?桜?
あたしが先生を見ると、先生は慌てたようにあたしの頭に手を伸ばしながら言った。
「いや、ごめん。桜の花が頭についてたから。」
そういうとあたしの頭についてた桜の花びらを見せた。
「あ、ほんとだ。」
「ね?桜。」
にっこり笑う藤森先生の顔を見て、あたしはまた、なぜか懐かしい気持ちがしていた。
「いーなぁ。霞。慧悟くんの後ろの席!かわってほしいよーっ。」
学校が終わり、家に帰ってきたあたしは菜月と電話中。
「で?どうなの?藤森先生!なんかあの自己紹介のとき、霞の目、いつもと違った気がしたけどぉ?」
嬉しそうに菜月が話す。そんなにあたしに藤森先生を好きになってほしいのか?
「優しそうだし、大人だし、顔だって悪くない…ってゆうかかっこいいほうだと思うけど。相手は先生だよ?」
「おやおや?おやぁ?いつもはあたしがこの人は?って勧めると否定的な霞が今回はやたら肯定的じゃなぁい?」
菜月の嬉しそうに話す声に磨きがかかる。
「教師と生徒でもそんなの恋する2人にはなんの問題もないからねっ!」
「だからぁ。恋とかそんなんじゃ…。」
「まぁまぁ。じゃ、また明日ね。」
自分のペースで電話を切る。まったく、菜月ったら!
ベッドに入り、うとうとし始めるとなぜか藤森先生のことを思い出した。あたしの顔を見て、桜、と呟いた場面を。前にもあんなことがあった?初めて会った人の言葉なのに、なぜか前にも聞いたことのある、懐かしい言葉に聞こえた。なんで?あたしはそのまま眠りについた。
その夜、あたしは夢を見た。大きな満開の桜の木の下。あたしは誰かを待っている。待っても、待ってもその人は来ない。あたしはすごく悲しかった。悲しくて、悲しくて泣いていた。
目を覚ますとあたしの頬は涙で濡れていた。夢の中でのあたしは泣いてたけど、現実の世界でのあたしも泣いてたのね。へんな夢。
3年生になってもう1か月が過ぎた。満開だった桜の木には新緑の葉が生い茂っていた。
藤森先生はすっかりクラスになじんでいた。
「蓮ちゃん!昨日の野球みた?巨人、圧勝だったね。」
「みたみたっ!やっぱ原監督になって違うよなぁ。」
教室で男子たちと楽しそうに話していた。
藤森先生はほとんどの生徒から「蓮ちゃん」と呼ばれ、なじんでいるというより、まるで自分も生徒のようだった。