彼の名は-10
トイレに用はなかったけど、とりあえず一人になれる空間に来れてホッと息を吐いた。
鏡の前に立って、ほんのり赤くなった自分の頬を撫でながら、さっきの会話を思い出す。
久留米さんって人は全然知らないけれど、文屋さんがああやってからかっているのを聞くとどんな冴えない男なんだろうと考えてしまう。
必死に思い出そうとしてみたものの、どうしても久留米さんって人は記憶の糸に引っかからなかった。
背が高くて、ガッシリした身体つきで、なかなか男前で。
それでいて、笑わないわ、無口だわ、の辛気くさい男。
精悍だけど(だからか?)、新宿二丁目でモテそうな顔で。
だからゲイ疑惑、そうでなければ浮いた話一つないから童貞も疑わしい、と。
ダメだ、どんな人なのか全く想像つかない。
でも、あんな冴えない文屋さんにボロクソに言われるくらいだから、よっぽど変な男の人なのかもしれない。
総務部での旦那さん候補は、はい終了って感じだけど、この分だと他の部や課だって期待できないな。
――お母さん、県職員の旦那さん探しは辞退させていただきます。
あたしはそう結論づけると、気合いを入れるがごとくバッグからスマホを取り出した。
そもそもあたしは、そんなに男に飢えてるわけじゃないし。
だってあたしには……。