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蒼い日差し
【その他 官能小説】

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蒼い日差し-1

(1)


「女優のN・Y、知ってるよな」
いいかげん酔いもまわり、話題も尽きてきた頃、諸岡は少し思案顔を見せたあとに言い出した。
 テーブルにはビールの空き缶が並び、焼酎の一升パックもだいぶ軽くなった。ポテトやイカの燻製など、つまみはあらかた無くなって袋の底に滓が残っているだけである。

 一度くらい男同士で旅に行こう。とことん飲もう。若い頃のように何も考えずにばか騒ぎをしてみたい。
「よし、やろう」
二人でその気になったのは先月のことである。
「女はちょくちょく出かけるのに男は何で腰が重いんだろう」
「うちの女房なんて年に二、三回は旅行に行ってるぜ」
「うちもだ」
「俺たちも行こうぜ」
「行先はどこでもいいんだ」
 妻や家族に不満があるわけではない。あるとしたら気兼ねか。……だが、五十を過ぎてまだまだこれからだと強がっても、体の衰えを実感し、何もかもが終末に向かっていく現実を思うと、焦りや寂しさが常に気持ちの片隅にあってどうにもすっきりしない。
「よし、行こう」
悶々とした日常の憂さ晴らしをしたかったのである。

「羽目を外そうぜ」
 さっそく旅行社に寄ってバスツアーに申し込んだ。一泊二日で松島を巡るもので、ツアーにしたのは、諸岡が、
「若い女とチャンスがあるかも……」
にやりと笑った顔に私も乗った形になった。他愛ない計画であった。

 子供の頃の遠足気分である。いや、それ以上に胸躍る想いであった。
諸岡とは大学時代からの付き合いである。酒を飲み、思い出話は尽きなかった。参加者には若い女性グループもあったが、思い描くように親しくもなれず、しかし、そんなことはどうでもよくなっていた。仕事も家庭も忘れた学生時代の再現に私たちは満足していた。

 ところで、我々の世代でN・Yを知らない者はいないだろう。十代半ばでデビューしてあっという間にアイドルとなって、五年後に突然引退した伝説の女優である。四十年も昔のことだ。
 清楚で気品があり、清純派女優として圧倒的な人気があった。当時の映画俳優はめったにテレビ出演することはなく、スクリーンか雑誌でしかその可憐な微笑みに出会うことはできなかった。だからなおのこと、その美しさは偶像化され、まるで別世界に住む少女のような遠い存在だったのだ。私もブロマイドを定期入れに忍ばせてひそかに胸をときめかせていたものである。

「N・Yがどうした?」
諸岡が押し黙っているので酒を注ぎながら話を促すと、もったいぶったように顎を撫で、
「うん……」
頷いてから、ぽつぽつと語り始めた。

「実はな、俺が東北旅行に行った時、出会ったんだ。出会ったというより、ずっと一緒だったんだ」
私は一瞬、呆気にとられてから噴き出した。
彼が一人で東北を旅したことは憶えている。たしか大学三年の夏だ。
「一週間くらい行ってたっけ?」
 私がまだ笑いを引きずっていたからか、諸岡は返事もせずに煙草に火をつけた。記憶をたどっているのか、真顔である。
 私はひとまず笑顔を消して、それにしても突飛な話で到底信じることはできないと思った。

「とても信じられないだろうがな……」
私の思いを見透かしたように諸岡は呟いた。
 私は取り繕うつもりで訊いた。
「旅行から帰って、そんなこと何も言わなかったよな」
「……うん……。黙っていてほしいって頼まれたからな。……約束したんだ……」
 諸岡は酒を一口飲んで瞑想した。少し芝居がかっていると思ったが、私は彼の言葉を待つことにした。

 七月の末、正確な日にちは忘れたが、青森のねぶた祭りは混雑するから、それを避けて予定を立てたことは憶えている。
「夜八時頃の夜行列車に乗ったんだ。新幹線なんてなかったからな」
行先は特に決めていなかった。時間を楽しむというか、列車に揺られているだけでも心地よかったし、ぶらぶら見知らぬ土地を歩くのが好きだった。ただ、何となく最初の目的地は鳴子温泉に一泊しようと決めていた。

 N・Yは発車間際に乗り込んできた。といってもその時は彼女とは気付かなかったのだが。……

 車内は空いていた。見渡しても車輌には数えるほどの乗客しかいない。それにもかかわらず、走ってきたらしい彼女は息を弾ませながら俺のいるボックスにやってきて向かいに座った。他にいくらも空いた席があるのに……。

 彼女の服装はどこでも見かける女子大生風の印象だった。ジーパンに白のTシャツ、ブルーのチューリップハットを目深にかぶり、薄いグレーのサングラスをかけていた。
 腰かけてから心持ち頭を下げたのは、失礼します、という挨拶のつもりだったんだろう。
 俺は内心不快だった。足を伸ばしてゆっくりくつろごうと思っていたし、眠くなったら横にもなれる。自分の空間が侵されたようで面白くなかった。移動しようかとも考えたが、目の前に座ったばかりで席を立つのもどうかと思って動けなかったのだ。

(どういうつもりだろう……)
夜行列車である。誰しも出来るだけ気兼ねのない場所を選ぶであろう。ましたや若い女である。
「俺はそれとなく観察した」
 帽子にサングラス、顔は俯き加減だし、長い髪が頬を被っていたので輪郭ははっきりとはわからなかったが、鼻筋や面立ちから美人であることは見てとれた。それでもN・Yとはわからなかった。
 


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