真紅の螺旋『弦音誘惑』-2
「他には?」
愛加の低めだがよく通る声は、不機嫌そのものだった。数人の生徒がその声に驚き、顔を向ける。が、その声の主が愛加だと判ると、慌てて顔の位置を元に戻した。
「それだけだよ。あ、そうそう。その人笛じゃなくてバイオリンを弾くんだって」
不機嫌な愛加を気にすることなく絢は話す。
返事を返さず、愛加は次にレジ袋からカツサンドを取り出し食べ始める。一緒に買ったお茶でカツサンドを流し込み、黙々と食べ続ける。
数分後、昼食を完食した愛加はただ一言、
「帰りに琴葉の所に寄ってくわ」
と言った。
〜
「で、私に何の用だ?」
ホームルームを過ぎても眠り続ける絢を叩き起こし、二人は琴葉の部屋、兼『何でも屋』の事務所に来ていたいた。ちなみに絢は琴葉の部屋に入るなりソファに倒れ込み、寝息を立てている。
「琴葉は『ハーメルンの笛吹き男』の噂を知ってる?」
いきなりの問いに、琴葉は読んでいた百科事典の二倍近い厚さの本から顔を上げた。不思議な物を見るような目で愛加を見る。
「……童話のか?お前がそんな物に興味があるなんて知らなかったぞ」
「……」
琴葉が素直に答えてくれないとは予想していたが、この反応は予想外だ。すぐにリアクションを取ることができなかった。
「冗談だ。バイオリンを弾きながら子供を連れ去る男の噂だろ?」
知っているなら素直に答えてほしい。とは声に出さず、話しを進めようとする。
「で、お前はその『ハーメルンの笛吹き男』を見つけたいんだろ?良かったな、丁度依頼が来たところなんだ。ついでだからお前が片付けろ」
「依頼?」
「ああ。私が所属する魔術組織から直々にだ。ソイツを止めろ、だとさ。まあ、攫らわれた子供はとっくにソイツの腹の中だろうな」
「なん……」
何で、と尋ねようとした口が止まる。
……腹の……中?愛加の理性はそれ以上の思考を拒否するが、思考は止まらない。
腹の中にいるということは、つまり……。
琴葉は固い表情の愛加を一瞥し、事も無げに言った。
「喰ったからに決まっているだろ?」
「くっ……」
予想はしていた言葉だが、ショックは大きかった。頭の冷静な部分ではその言葉を認めているのに、他の部分がそれを拒絶する。
「おい、何をそんなに動揺している。そんな話何度も聞いたことあるだろ?」
愛加は何かを頭から追い出すように振り、気持ちを無理矢理切り替える。今は喰人鬼を止める事が先決だ。
「琴葉はソイツを知ってるの?」
「ああ。名前はストラル・ハンメル。魔術師にもなれない『Abortion(低能有者)』だ」
『Abortion』。聞き慣れない単語に、愛加は首を傾げた。
「魔術師は誰でも簡単になれる者じゃない。一応基準があってな、その基準を満たさない限り魔術師と名乗ることは許されないんだ」
「それで『Abortion』」
「そうだ。で、ストラルの力はバイオリンの音色に自分の魔力を上乗せして、その音を聞いた者を一時的に催眠状態にする。道具の音を媒介とする奴の魔術はその音さえ聞かなければ良い」
「わかった」
もう用はない、と言わんばかりに部屋を出ようとする愛加に琴葉は声を掛けた。
「待て」
「何よ」
出鼻を挫かれたせいで不機嫌な返事になるが、琴葉は気にする様子もない。むしろ楽しんでいるように見える。
「今日はもう現れない。明日は土曜で学校休みだろ?やるなら明日にしろ」