異種族間の交際哲学-1
満月祭から、二週間が無事に過ぎていた。
ギルベルトにロープを噛み切ってもらった後、エメリナは辺りを見渡し、途方にくれてしまった。
何しろギルベルトは狼のままだし、地面には瀕死の退魔士。公園が無人とはいえ、結界を解いた後にどうしたらいいか……。
選択肢は一つだった。
ジークの上着を探って自分の携帯を取りかえし、即座にウリセスへ助けを求めたのだ。
すぐさま来てくれたウリセスは、素晴らしい暗躍ぶりで、瞬く間にもろもろの難処理を片付てしまった。
あまりの鮮やかさに感心し、自分が隠し撮った動画なんか、必要なかったと思ったほどだ。
ギルベルトの家で報告を聞き、メモリーカードを返してもらった時に、ついそれが顔に出たらしい。
唐突にウリセスが手を伸ばし、頭を撫で撫でされた。
『他人が眩しく見えて、自分がつまらない存在に思えるなんて、よくある事じゃないですしょうかね?』
『――え?』
『僕も子どもの頃、狼に変身してみたいと、よく思ったものです』
変身できない遠縁から視線を向けられ、ギルベルトが意外そうな顔をしていた。
『動画の他にも手段があったのは確かですが、ジークには一番効果的だったと思いますよ。
それに、力で勝る相手に知恵で一泡吹かせるお話は、古来から大人気の王道じゃないですか』
アイスブルーの目が、優しく細められる。
まったくタイプが違う顔立ちなのに、こんな表情をすると、ギルベルトによく似て見えた。
『このデータは、エメリナが他力本願の無能な子ではないとの、証拠品ですよ』
密かに感じていた不安を見抜かれ、声が出なかった。
結局、いいように人質に捕られてギルベルトをおびき寄せてしまったあげく、ウリセスに全部の後始末をしてもらったと、心苦しかったのだ。
『僕もエメリナを助手に欲しくなりました』
ウリセスがそういった途端、ギルベルトに腕をとられ、引き剥がされた。
『駄目! 絶対駄目だ!』
大慌てのギルベルトに、ウリセスがタチの悪い笑みを向ける。
『冗談ですって。適材適所が、うちのモットーでしょう? エメリナにはここがピッタリですよ』
ジークも順調に回復し、早くも右腕のリハビリを熱心に取り組んでいると、ウリセスは教えてくれた。
あの凶暴凶悪な退魔士が回復しているなんて、そら恐ろしい気がするが、なぜか少しだけホっとした。
多分、ちらっと見えたあのストラップと、それを指摘された時の、あからさまな動揺を含んだ様子のせいだ。
彼の元には最高の見舞い客が通っているし、とても面白いものを見たと、ウリセスはニヤニヤしていたが、それは詳しく聞かせてくれなかった。
ギルベルトも特に意見は言わなかったが、ホッとしているようだった。
もう会うこともないだろうが、同族が死なずに済んだことを、喜んでいるのかも知れない。