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異種間交際フィロソフィア
【ファンタジー 官能小説】

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十字刻印の専属英雄-5


 3年近く前、ショッピングモールが大量の腐乱死体と魔獣に襲われ、ジークも対処にあたった。
 あの時は、まだ使用していた武器もただの斧で、強化されたゾンビにかなり手こずったが、死闘が楽しくてたまらなかった。

 血がたぎるまま襲いくる魔物を刻みまくり、地下のレストラン階までたどり着いた頃、夫婦らしい男女が複数のゾンビに襲われているのを見つけた。
 駆け寄って駆除したが、夫婦はすでに息絶え、傍には怯えきってまともに口も聞けない幼女だけが残っていた。

 幼女は腰が抜けて立てないらしく、青ざめた顔で両親の遺体にすがりついている。
 声をかけても無駄だろう。こういうタイプは、避難させようとする人間を振り切り、感情だけで泣き喚いて、身内の死体にとりすがろうとする。
 足手まといもいいところだ。
 
 そのまま見なかったことにして、さっさと立ち去ろうと思った。
 こんな面倒くさそうなガキに構うより、もっと血のたぎる魔物退治を楽しみたい。
 きびずを返したところ、ふと上着を引っ張られた。足元を見ると、幼女の小さな手が、必死で上着の裾を掴んでいた。
 舌打ちして振り払おうとしたが、寸でのところで止めた。

 両親の死体にすがりつき泣いていたいなら、そのまま死ねばいい。
 でもコイツは両親と離れても、この地獄から生き残ろうと必死で足掻いている。

 ジークが幼かった頃、助けを求めて伸ばした手は全て振り払われた。
 いつしか、それが当然だと思うようになっていた。

 だけど、もし、一度だけでも……伸ばした手を握ってもらえていたら……。

『……仕方ねぇな。しっかり掴まってろ』

 まだ魔物はうようよしており、途中で斧も駄目になったが、なんとか幼女を背負って救護所に着き、その場で別れた。
 幼女の名前も知らないし、自分も名乗らなかった。

 ふと、ウィンドウガラスに写った自分を見ると、返り血で髪も顔も真っ赤だった。これではもし再会しても、まずあの子は自分を判別できないだろう。
 そんな思いが頭をよぎり、同時にホッとした。

 あの時の自分は、やはりどう考えても、変だったと思う。



 そして数ヵ月後。
 隣り部屋に越してきた老婆が、幼い孫娘を伴って挨拶にきた。
 面倒くさいと不機嫌な面で玄関に出たが、虚ろな無表情をした幼女を見て、夜勤明けの眠気も吹き飛んだ。
 モールで救ったあの幼女だと、一目でわかった。

 祖母の話では、マルセラはあの事件以来、口も聞けず笑いもしなくなったらしい。
 ただ、街中で退魔士を見ると、夢中で追いかけていってしまうそうだ。

 玄関に置きっぱなしだった制服を、マルセラは食い入るように見つめ、それからジークの顔をジロジロと眺め回した。
 その様子はひどく不気味で、薄気味悪いとさえ思うほどだった。

『この子は命の恩人を探しているのです。ご迷惑をおかけするかもしれません』

 深々と頭を下げる老婆に曖昧な返事をして、動揺をひた隠した。
 隣りに住み始めたマルセラは、ジークを見つけるたび、無言で後ろにピタリとくっついてくる。
 制服を着ていないと、少しだけ離れるが、それでも後ろから歩いてくる。
 鬱陶しいが振り払う気にもなれず、好きにさせているうちに、一年が経った。

 ある日、帰宅途中で道端に座り込んでいるマルセラを見つけた。
 泣きもせず黙って口を閉じているが、足首が腫れている。どうやら転んでくじいたらしい。
 放っておこうか迷ったが、結局、マルセラを背負って帰る事にした。
 彼女を祖母に引き渡し、さっさときびすを返した時、後ろから聞きなれない声がした。

『ありがとう。十字架の英雄さん』

 しわがれた聞きづらい声に振り向くと、マルセラの祖母が驚愕の顔で孫を見下ろし、続いて大泣きして喜んだ。
 祖母から何度も礼を言われるのに閉口し、自室に逃げ込んで制服を脱ぐと、背中に刺繍された銀十字架が見えた。

 ――なるほど、これか。

 それからマルセラは、急速な勢いで言葉と表情を取り戻していった。
 むしろ明るすぎる程になったが、時おり泣きそうな顔をして、近所の家族連れを眺めているのを知っていた。
 それなのに、誰かが気付いて声をかけると、慌てて笑顔を作り、自分には『十字架の英雄』がいるから良いのだと、虚勢を張る姿が痛々しい。

 ジークは家族の味を最初から知らないが、マルセラは知っているのだ。
 与えられて当然と甘受していたそれを、突然に奪い取られた痛みは、どんなに酷いだろう。

『十字架の英雄』そう言われるたび、心臓がギリギリと痛んだ。

 お前の両親は救えなかったのに!
 お前だって、本当は見殺しにする寸前だったんだ!

 俺なんかを、記憶の中で美化するな!!




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