十字刻印の専属英雄-2
「ええ。役所のお偉方は、大半が道路工事の不正入札に関わっておりましたので、少し脅せば簡単でした」
まるで悪びれない返答とともに、ウリセスは鞄から一枚の紙を取り出し、ジークに差し出した。
「それから、こちらが最初の質問への回答です」
「……なんだこりゃ?」
意味不明な数字や医学用語らしい名前が並び、一番下の欄に『陽性』と赤でくっきり記されていた。
「当社の専門医療研究所で行った、貴方の血液検査の結果です。
変身能力はなくとも、貴方は間違いなく人狼の子孫と診断結果が出ました」
呆気にとられるジークを、ウリセスは愉快そうに眺めている。
「口外はいたしませんので、ご心配なく。
残念ながら、貴方のご両親は調査できませんでしたので、どちらの血筋かはわかりかねますがね」
「そうだろうな。俺の母親はとっくにアル中で死んだし、親父が誰かなんて、あの女もわからなかったらしいぜ」
場末の娼婦だった母親は、お前がいるせいで大変だと、いつもジークを罵っていた。
たまに機嫌が良いと弁当を買ってくれたが、与えられるのを待っていたら飢え死にするから、あちこちでよく盗みをした。
家に出入りする母の情夫はしょっちゅう入れ替わったが、共通点はクズばかりだということ。
なかでもジークが十歳くらいの頃の男は、とびきり変質者だった。
母親の不在時、突然そいつに押し倒され、犯されそうになった。
無我夢中で暴れ、気づいたらボクサー崩れの大男を半殺しにしていた。
自分より優位で強そうな相手と戦い、ねじ伏せ勝つ快感を覚えたのは、あの時だ。
倒れた男を眺め降ろし、ひどく気分が良かった。帰宅した母親が泣き喚き、悪魔と罵るのも気にならない。
せいぜい、床に落ちて踏み潰された弁当が、勿体無いと思ったくらいだ。
詳細をウリセスに語る気はなかったが、どうせ勝手に調べ上げたのだろう。知ったような顔で頷いている。
「随分と荒んだ家庭環境のようでしたね。素行不良も無理はないといった所でしょうか」
「こっちで殴られたくなきゃ、二度と言うな」
無事に動く左腕を握って見せた。
「クズな親に腐った環境は確かだがな。俺の人生は俺が作ってるんだよ。他人のせいにして泣くような薄みっともない真似なんざ、死んでもするか」
「……大変失礼しました」
ウリセスが表情を改め、深々と礼をした。混じり気のない真摯な謝罪に、思わず怒りを削がれる。
「こんなわけのわからない紙切れと、胡散臭い男を信じろって言うのか?」
顔をしかめて話を逸らし、診断書を握りつぶした。
「信じるかどうかはご自由に」
ウリセスは悠々と微笑む。
しばらくその澄ました面を睨んだ後、溜め息をついた。
「……あの時、狼が見えた」
「ギルと戦った時でしょうか?」
興味深げな声に頷く。
「ああ。いきなり辺りが雪景色になったと思ったら、バカでかい狼たちが俺たちを取り囲んで、大喜びで決闘しろとけしかけやがった」
自分でも未だに信じがたい。他人が言ったら、確実に笑い飛ばすか病院に行けと言うだろう。
あの時、狼達は確かにジークを純粋な子孫だと呼び、ジークもそれに違和感を持たなかった。
人の姿をしていても、ギルベルトと同じ人狼だと、ジーク自身が認めていた。