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異種間交際フィロソフィア
【ファンタジー 官能小説】

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凶暴回帰の満月夜-8


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「あ……あ……嘘……」

 繰り広げられる死闘に、エメリナは全身を震わせていた。
 ようやく上体を起こせたものの、両手を戒めるロープは魔獣用だけあり頑丈で、縛り方も念入りだった。ちょっとやそっとでは、解くのも切るのも無理だろう。

 それに、たとえ自由だとしても、何ができたというのか。

 目の前の戦場は、人狼以外が割って入れる空間ではなかった。
 どちらが有利なのかも判断がつかない。ギルベルトもジークも全身に傷を負い、激しく息を切らせていた。一瞬でも気を抜けば、即座に命を奪い取られる。
 見ているだけで耐え難いほど緊張の募る戦いだった。そんなものを、もう何十分と続けている。
 互いに疲労困憊のはずなのに、それでも彼らは……酷く楽しそうなのだ。

 固唾を呑むエメリナの前で、両者が地を蹴り、真っ向から激突した。
 噴水のような血飛沫と、耳を覆いたくなるような苦痛の叫び声が上がる。
 宙高くへチェーンソーが跳ね飛び、弧を描いてエメリナの方へ落ちてくる。

「っ!!!」

 とっさに身体をずらし、重い凶器の直撃を避けた。
 激しい音を立て、刃先を下にしたチェーンソーが傍らの地面に激突する。唸りをあげて回転する鎖刃が、天使像とエメリナを繋ぐロープに絡まり、ブチブチと特殊繊維を切り裂く。

「きゃあっ!」

 回転する刃へ引き寄せられそうになり、必死で踏ん張った。ブチンと音を立ててロープが切れ、反動で芝生へ尻餅をつく。
 長いロープは鎖刃でズタズタにされ、解けた繊維が隙間に巻き込まれていく。やがて軋んだ音を立て、鎖刃の回転が止まった。
 特殊繊維を根元までぎっちり食い込んだチェーンソーは、故障したらしい。本体部分から、嫌な匂いのする黒煙が立ち昇り、エンジンが停止する。

 全身にびっしょり冷や汗をかき、エメリナは壊れた凶器からもう一歩離れた。
 両手首は胸の前で戒められたままだが、少なくとも行動範囲は自由になった。
 しかし、結界から出るにはパスワードが必要だ。
 それに今の光景を見れば、絶対に結界を解いてはいけないのは一目瞭然だった。


「う、ぐ………ぅ……」

 芝生に膝をついたジークは、右半身を真っ赤に染めていた。
 狼となったギルベルトが、上腕部から喰いちぎった右腕を咥え、満月の色を写したような両眼を、爛々と輝かせている。

 いつか見た映画のポスターと、目の前の風景が、エメリナの中で一瞬だけ交差した。
 しかし、これは紛れもない現実で、この血臭も殺気も本物なのだ。

 暗灰色の狼は、口から腕を吐き出し、再び身を低くして唸り声をあげる。苦痛に顔を歪めるジークも、残った左手でサバイバルナイフを抜き取っていた。
 手負いの獲物へ、狼の牙が容赦なく襲い掛かる。ジークの左手は、常人の利き手よりも、よほど卓越した動きでナイフを操ったが、先ほどの一撃が致命傷だった。
 黒い上着の胸元を、鋭い爪が深々と切り裂く。

 今度の悲鳴はあがらなかった。
 ジークは大きく開いた口から血を吐き、エメリナのすぐ傍らへ倒れこむ。
 力の抜けた手からナイフが落ち、それを狼の前足が遠くに弾き飛ばした。



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