凶暴回帰の満月夜-6
「どうした?早く変身しろよ!」
挑発的なジークの声にあわせ、満月の光りも、変身せよと狂ったように叫んでいる。鼓動が早くなり、うなじの毛が逆立ちはじめる。犬歯の根元が牙になろうと疼く。
「……っ!?」
不意に、周囲の景色が変わったように感じた。懐かしい故郷。白銀の雪に覆われた北国の山脈風景が、ギルベルトを包む。
夜空一面に星々が煌き、真円の神々しい満月が、白銀の氷雪と周囲の観客を照らし出している。
無数の狼たちが、じっとギルベルトを眺めていた。
幻の情景は一瞬で消え、足元は氷雪から芝生へ戻る。
(なんだ……?今のは……)
「ハ、そっちが手抜きすんのは勝手だがな。こっちは全力でやらせてもらうぜ」
退魔士のブーツが芝生を蹴り、ギルベルトは反射的に身を守っていた。
「っ!!」
真正面から振り下ろされた武器の中心刃を、とっさに両手の平で挟んで食い止めた。顔のすぐの前で、骨すら断つ鋭利な鎖刃が、激しい勢いで回転している。
「はは!人型のままでも、やるじゃねーか!」
楽しげな笑い声をあげ、ジークがチェーンソーを押す手に力を込める。
「う、く……」
電動の武器はけたたましい音を立て、掌から伝わる電磁波が耳障りなノイズとなって、ギルベルトを苦しめる。
額に脂汗を浮かべ、チェーンソーが押し込まれるのを必死で防ぐ。
ジンジンと煩いノイズに交じり、幾多の叫び声が聞えるような気がした。
『挑戦者だ!』
『部族同士の決闘だ!』
『満月夜の挑戦を受けてやれ!』
『戦え!!』
再び氷雪の景色が、ギルベルトを包み込む。
聞える無数の叫びは、周囲を囲む狼達のものだった。普通の狼よりも、ずっと逞しく大きい。彼らは人狼だ。
――満月の見せる、人狼の亡霊だ。
(……挑戦?……部族?)
祖先のルーディが書き記した、古い書物を思いだす。
好戦的な人狼たちは、同族同士の戦いを最も好んだそうだ。
まだ人狼の数が多く、いくつもの部族が存在した頃、満月の夜には、よく他の部族との決闘が行われたらしい。
部族の全員が見守る中、代表者は一対一で死闘を交わす。
(ああ、そうか、こいつも……)
ゴーグルのレンズを通しても、ジークの両眼が金色を帯びて輝いているのが、はっきり見える。
間違いない……ジークもまた、ギルベルトとは違う人狼の子孫だ。
純粋な人狼は滅んでも、ルーディのように異種族と交わり子孫を残した者が、ほんのわずかでも居たはずだ。
彼らの記録は残っておらず、どこかにいるとは思っても、今まで出会った事はなかった。
血の薄まった今では、その殆どが自分に人狼の血が流れていることすら、知らないのだろう。ジークもおそらく無自覚のはずだ。
しかし、それでも彼がギルベルトへ過敏に反応したのは、きっと彼も先祖返りだからだ。
身体ではなく、その心だけが祖先の血を濃く反映してしまった、いびつな人狼の先祖返りだ。
ゾクゾクとした喜びが、ギルベルトの全身に湧き上がっていく。知らずに口元へ凶暴な笑みが浮かんでいた。
ずっとずっと、これを求めていたのだと、全身の血が叫んでいる。
たとえ心だけであっても、ジークは立派な人狼だ。これほど濃く血を受け継いだものは、ギルベルトの親族にもいないだろう。
だからこそ、純粋な子孫たちへ向け、人狼の亡霊はいっせいに咆哮した。
『始まったぞ! 満月の決闘祭《フォルモント・ドゥエル・フェスト》だ!!!』