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異種間交際フィロソフィア
【ファンタジー 官能小説】

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一騎当千の不良退魔士-1

 住宅街を襲った災厄から、三週間が経った。
 イスパニラの夏も終りに差し掛かり、朝晩は涼風がそよぐ季節。赤い砂岩と灰色の石で造られた大都市を、黄昏時の陽光が覆い始めた。

(先生に似合うのは……)

 ネクタイの棚を前に、エメリナは思案する。
 本日はまっすぐ帰宅せず、駅前のファッションビルに寄り道していた。
 若い店員が声をかけるのすら躊躇う気迫で、真剣にネクタイの列に目を光らせる。
 ギルベルトが前に持っていたのは、黒っぽい灰色だったが、えんじ色や紺色も似合いそうだ。無地でもいいけど、ストライプ柄も捨てがたい。

 店を何軒も回って悩む時間は、たっぷりある。

『すまない。今夜は満月だから、そばに居られると危険かもしれない』

 気まずそうにギルベルトから告げられ、今日は夕暮れ早々に、殆ど追い出されるようにして帰らされたのだ。

 売り場にはあちこちにハートの飾りつけがされ、恋人同士の客が多かった。
 今夜は満月が、一年のうち最も輝く夜。恋人と一緒に過ごすと、その相手とずっと幸せに結ばれると言われている。

 元は異国の風習らしいが、ここ数年、恋人相手の新商売として、各社がこぞって定着させようと必死にアピールしているお祭りだった。
 自分には無縁と、去年までは覚えてもいなかったが、今年はせっかく恋人ができたのだ。周囲で浮かれている恋人たちを見れば、混ざりたいような気もした。

 しかし、今日の満月は強烈で、ギルベルト自身も人狼の身体を持余すらしい。
 それに、今夜エメリナといるのが危険なのは愛してしまったせいだ、と言われれば、これ以上嬉しいことはない。
 ちょうどウリセスから、そろそろ人の多い所に出ても大丈夫と許可が下りたので、替わりに我慢していたショッピングを満喫することにしたのだ。

 あの時、エメリナだけでなく、ギルベルトのスーツやネクタイもすっかり駄目になってしまった。
 スーツはちょっと厳しくても、ネクタイくらいなら気軽にプレゼントできる。

(ウリセスにも、お礼にお菓子くらいプレゼントしたほうが良いかな?)

 隣りの店からマドレースの香ばしい香りが漂い、エメリナは思案にくれる。

 最初こそ、各メディアはこぞって、ドラゴンと戦った少女と狼のニュースを騒ぎたてた。
 しかし二日後、フロッケンベルクの王女がお忍びで来訪していると噂が流れ、皆の興味は即座にそちらへ移った。
 それから芸能人の電撃結婚や、映画スター主催の突発イベントなど、華やかなニュースが目まぐるしく報じられ、ドラゴンなど人々の口端にも昇らなくなったのだ。
 バーグレイ・カンパニーの恐ろしさを垣間見た気もするが、他の客たちの会話が新ニュースに夢中なのを聞き取り、エメリナは胸を撫で下ろす。
 あの事件の直後は、どこに行ってもドラゴン騒動と狼の話題が飛び交っていて、心臓に悪かった。

 迷信じみた恋人イベントに参加できないくらいで、文句を言ってはいけない。

 人狼もなかなか大変なのだ。



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