一騎当千の不良退魔士-3
***
「――いやはや。気づくの遅すぎだって」
夕暮れのアパートで、ジークは電源を切った携帯を眺め、ニヤニヤ笑う。
せいぜい寝るかテレビを見るかくらいの室内には、生活感があまり無い。家電がいくつかと、ベッドにテーブルくらいだ。
足元で充電完了の電子音が鳴り、拳大のバッテリーを、コンセントから引き抜いた。
愛用の武器にバッテリーをセットし、大きな黒いケースへ放り込む。
制服の上着を羽織り、ケースを左肩に背負う。壁に引っ掛けていたゴーグルをとり、首に下げた。
ケースはちょうどギターのような形をしており、金髪を逆立て制服を着崩したジークは一見、バンド青年にも見える。
それでも中身は間違いなく武器なので、市街地で一般市民が携帯すれば犯罪だ。
そして非常に目つきとガラが悪いジークは、私服で歩けば、しょっちゅう職務質問されるときている。
しかし退魔士の制服さえ着ていれば、どんな武器を持っていようと問題ない。
(おまけに公務員の身分って奴は……いやはや、便利だねぇ)
ポケットから、あの災害現場でくすねた携帯端末を取り出し、もう一度写真データを眺める。
この三週間、ジークは熱心にこの二人の身元を調べた。
彼らの名前や住所、職業などの個人情報を入手できたのは、役所の甘い身内意識のおかげだ。
ただ、ジークはまっとうな性格とは言えなくとも、退魔士の身分を傘に、こんな不正をしたのは初めてだった。
「……仕方ねぇじゃん。たぎるんだからよ」
脳裏にちらっと隊長の顔が浮かび、言い訳するように独り言を呟いた。
民の大部分は退魔士を『税金で雇ってやっている害獣駆除業者』くらいにしか思っていない。
あのドラゴンも、ジークは駆けつけてわずか数分で駆除したのに、「来るのが遅かった」「怪我人が出た」だの文句ばかりだ。
――てめぇ等の安全なんか知るか。文句があるなら、自力で戦え。
そう思いつつも、ジークが退魔士を好むのは、単に戦いが好きだから。
それも弱い相手では意味が無い。できれば勝つか負けるかギリギリの死闘がいい。
昔はそれに気づかず、ただ苛付き続けてケンカに明け暮れていた。
相手を半殺しにするのは日常茶飯事で、それでも満足できないジークは、誰からも害獣扱いだった。
いつも自分を留置所に放り込むおっさんから、退魔士になれと言われた時には、鼻で笑ったが、やってみると世界が変わった。
魔物たちは本気で殺しにかかってくる。
そこらのチンピラ相手のケンカとはケタ違いの死闘に、全身の血がたぎった。
ああ、俺はこれが欲しかったんだと、心の底から歓喜した。
しかも魔物を殺せば、罰されるどころか賞賛される。給料も悪くない。まさに天職だ。
少々鬱陶しいが、隊長にも一応は感謝しているから、できればこんな真似はしたくなかった。
しかし、狼の捜索に不自然な妨害が入ったり、今朝の強制的な捜査打ち切りなど、向こうにもそれなりの力が付いているらしい。
この携帯端末も、密かに隠し持っていなければ、とっくに処分されていただろう。
(そっちが汚ねぇ手を使うなら、俺がどんな手使っても、文句ねぇよな?)
ジークは内心で、写真の男女に語りかける。
(なぁ、お前……人狼だろう?)
突拍子もない予測を、ギルベルト・ラインダースに向ける。
あの狼が人狼である可能性を、隊長も上層部に訴えたが、まともに取りあってもらえなかった。
『もうとっくに絶滅した災厄種だ。もし見かけたら、ぜひ捕獲してくれたまえ。医療研究機関で、実験に使わせてもらうよ』
そう一笑されたそうだ。
確かに、精一杯調べても、確実たる証拠は何も出てこなかった。
しかしジークには、妙な確信があった。
そしてこの極上の獲物を、他の誰にもくれてやるつもりはない。
(こいつは俺の獲物だ)
ずっとずっと捜し求めていたのはこれだと叫ぶように、全身の血がたぎる。
時計を見れば、そろそろエメリナ・マルティネスが勤務を終えて、自宅に帰る頃合だった。
携帯端末をポケットに仕舞い、武器ケースを抱えなおして玄関を開ける。