有能多才のエリート社員-1
エメリナの電話を受けたウリセスは、微塵も驚いていないようだった。
「もしかしてと、調べていましたよ。やっぱりギルでしたか」
そしてたった三時間で、エメリナとギルベルトの荷物を回収してきてくれたのだ。
ついでにと、エメリナに必要な着替えまで持ってきてくれたのには恐れ入った。
なぜかその衣類も『経費落ち』だと言うので、心から感謝をのべ、ありがたく頂いた。
バッグは何度も踏まれたらしく、中に入れていた携帯電話も粉砕していたが、財布や鍵は無事だったのが、せめてもの救いだ。
そもそもイスパニラ王都で、落とした免許証やカード類が無事に戻ってくるなんて、奇跡と言うほかない。
ただ、携帯端末だけは、どうしても見つからなかったので、悪用されないよう、ひとまず解約してくれたそうだ。
「でも、どうやったの?」
災害地の遺失物は、役所で引き取りを厳しくチェックされる。どうして本人でもないのに受け取れたのか、不思議でしかたない。
「企業秘密ですよ」
バーグレイ・カンパニーきってのエリート社員は、フフンと得意そうな顔で笑った。
彼はソファーに腰掛け、紅茶と五枚目のホットケーキを口にしている最中だった。
なにしろ二人の荷物回収に忙しく、昨夜から何も食べていなかったそうだ。
細身のシルエットに似合わぬ怒涛の食欲でホットケーキ貪り、ジロリとギルベルトを見えげる。
「それはともかく。ギル、今回の騒動は後始末が大変そうですよ。新聞もテレビも大騒ぎです」
「すまない」
フライパンを片手に、ギルベルトがシュンとうな垂れた。
「でも、先生は子どもを助けようと……」
弁護しかけたエメリナを、ウリセスは片手を振って止めた。
「ギルが子どもを見殺しにしていても、僕は責めませんでしたよ。誰しも保身は当然ですし、彼の立場なら尚更でしょう」
「……一族の皆に迷惑をかけたのは、本当にすまなかったと思っている」
古風な家具に彩られた室内が、シンと静まり返る。
それを唐突に、ウリセスの笑い声が破った。
「あははっ!すいません、イジメすぎちゃいましたね〜。あいかわらず、ギルは真面目で可愛いんですから」
ケラケラ笑う親戚を、今度はギルベルトが睨む。
「あのなぁ!俺は本気で悩んで……」
「人に残業と休日出勤をさせて、自分たちはリア充全開なんてしているからですよ」
食後の紅茶をすすり、ウリセスは人の悪い笑みを浮べた。
首元にうっすら残った鬱血を指差され、エメリナは即座に手で隠す。
「あっ!あの、これは、その……」
赤面したエメリナを眺め、ふとウリセスがまた真面目な顔になった。
「エメリナ。ギルと一族について知った事は、今後何があろうと一切他言無用です。
これに反すれば、バーグレイ・カンパニーを敵に回すと肝に銘じてください」
ウリセスの表情は氷の刃のように鋭利で冷たく、いつもとまるで別人のように感じた。
「おい、ウリセス……」
声を荒げたギルベルトへも、凍りつかせそうなアイスブルーの視線が向く。
「念を押しておくのは、彼女の為を思うからこそですよ。心配しなくとも、彼女がそう愚かでないのは、貴方が一番ご存知でしょう」
ギルベルトが頷くと、氷の視線が再びエメリナへ向く。
だが、その有無を言わせぬ静かな迫力がなくとも、もとからそんなつもりは無い。
「誓って、誰にも言いません。私はここが好きですから」
きっぱり宣言すると、ウリセスの表情が和らいだ。
「ありがとうございます。僕としても、個人的に君が気に入っていますからね」
いつもの陽気な表情へ戻った青年は、自分の鞄をゴソゴソ探り、ラッピングされた紙包みを取り出す。
「あの子を見殺しにしても責めませんがね、さぞ胸くそ悪い気分にはなったでしょう。
会長と社長も同意見でして、後の始末は心配しないように、とのお達しです」
そしてエメリナの手に、紙包みが押し付けられた。
「これは、バーグレイ・カンパニーからの歓迎プレゼントです」
「え……?」
開けてみると、中には無くした携帯端末とまったく同じ新品が入っていた。
「昨日の雨では、見つかっても壊れてしまっている可能性が高いですからね」
ウリセスはソファーから立ちあがり、ギルベルトとエメリナをぐいぐい押して、並んで座らせる。
そしてエメリナの手から携帯端末を取り上げ、カメラレンズを向けた。
「ほら、笑ってくださいよ。また今度、スーツ姿もとってあげますから」