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人妻苑―ひとづまのその―
【若奥さん 官能小説】

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初―うぶ―-2

「ごめんください、野村ですけど」

 わずかな間をおいて、

「お待ちください」

 家人の声がそこで途切れる。

 失礼のないようにしなきゃと、紗耶香が身なりをあらためていると、玄関から大柄な男性があらわれた。自治会長の島袋慶次である。

「今日はわざわざ、すまなかったね」

 黒縁メガネの奥の目が、まわりの皮膚に埋もれそうなほど笑っている。
 紗耶香が形式どおりにお辞儀をすると、どこからかキンモクセイの香りが漂ってきた。それは島袋慶次の家の庭からくる香りだった。
 なにげに目を向けてみれば、植え込みのそばには立派な犬小屋があり、けなげに尻尾を振る柴犬の姿が見えた。

 紗耶香の表情が和むのを見て、

「どうぞ、上がってください」

 島袋は、その清楚な来客を家の中へ招き入れた。玄関の鍵を閉める音にも、今日はいつもと違うとくべつな響きがあるのだと、島袋の人格がにやついていた。

 野村夫妻と初めて挨拶を交わしたときから、島袋の中には邪(よこしま)な感情が芽生えていた。
 五十年以上も男をやってきて、そろそろ美人の顔にも興味をなくしかけていたところに、向日葵のような紗耶香の笑顔に出会ったのだ。
 やはり女性は美人にかぎると、あらためて思い知らされた瞬間だった。

「ずいぶん前に妻を亡くしていてね」

 リビングのソファーを紗耶香に勧めながら、島袋はつぶやくように言った。それから、二人の子どもたちもとっくに独り立ちをして、それぞれが立派に活躍しているとも話した。

「おもしろくもない身の上話をしてしまって、申し訳ない」

「そんなことありません。素晴らしいお子さんに恵まれて、亡くなられた奥さんもきっと喜んでいると思います」

 紗耶香の丁寧な口振りに気を良くして、よっこいしょと島袋が腰を上げる。お茶も出さずにいたことに、今になってようやく気づいたのだ。

「私がやります」

 島袋の行動を先読みして、紗耶香が静かに立ち上がる。それには理由があった。

「失礼なことを言うようですけど、その腕はどうされたのですか?」

 紗耶香が指摘する視線の先には、包帯を巻いた島袋の右腕があった。

「大した怪我じゃあないんだよ。医者があんまりしつこく言うからね」

 だから仕方なく包帯をしているのだと、島袋は明るく笑った。

「ちょっと台所をお借りします」

 島袋家の勝手を知ったふうに、紗耶香がキッチンへ消える。
 香水の匂いを辿るように島袋があとを追うと、あたふたと何かを探す紗耶香の後ろ姿があった。
 生地の薄いスカートから生える白い脚が、大人しい色気を惜しげもなく見せつけてくれていた。
 島袋は現役時代の頃の感情を、たちまちその体にみなぎらせていく。

「茶葉なら、ほら、この棚に置いてある」

 卑しい気持ちをできるだけ顔に出さぬようにして、島袋は紗耶香にやさしく接した。

「すみません」

 紗耶香が茶筒を受け取ると、二人の手先がかるく触れ合った。
 清潔感のあふれるその手応えに、島袋の私欲はますます腹を空かせて、獲物を捕らえるときの目で紗耶香の全身を舐めるのだった。


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