隔世遺伝の絶滅種-2
どういう遺伝子の悪戯か、ギルベルトは人狼の血を、非常に濃く引き継いで産まれた。
母の腹からすでに子狼の姿で産まれ、人の姿になるほうが後だった。
電磁波へ過敏に反応してしまうのも、濃すぎる人狼の血ゆえかもしれないそうだ。
そして、もっと切実に困る部分もあった。
母も兄もその他親類も、望まなければ、ずっと変身しないで過ごせる。
しかしギルベルトは違った。月の明るい夜は、変身衝動を抑えきれないのだ。
世界でもっとも化学を先駆けたフロッケンベルクだが、それが環境に及ぼす影響も、一早く予知していた。
環境保護と汚染防止のために、電気の発明直後から厳しい規制が敷かれた。
そのため、効率重視の外国企業に遅れを取る部分もあるが、フロッケンベルクの夜空はいまだに美しく澄み渡っている。
もっとも賑わう王都でさえ、月星は煌々とした輝きを失っていない。
空気のいい北の故郷に居たころは、満月を挟み前後一週間は、毎晩変身して戸外を走り回らずにいられなかった。
しかし、祖先の生きた頃とは、時代がもうすっかり変わった。
人々は夜遅くまで起き、こっそり夜中に駆け回ろうとしても、すぐ誰かに見咎められる。
狼が夜中の街を走り回っていると、噂はすぐ広まり、密かに取られた画像を、動画サイトにアップされたこともあった。
学校に通い会社勤めをする『普通』に街で暮らしている一家が、人狼の子どもを匿うのは、非常に困難な時代になっていた。
ギルベルトのせいで近所に怪しまれかけ、家族は何度も引越しを余儀なくされた。
気にするなと家族は言ってくれたけれど、これ以上迷惑をかけたくはなかった。
必死で先祖のルーツを調べ、人狼伝説や自分の体質をつぶさに研究し、夜空や空気の濁った場所でなら、衝動を抑えられる事に気付いた。
そして自立できるようになるとすぐ、世界で最も賑わうイスパニラ王都で、一人暮らしを始めた。
人狼が猛威を揮っていた北国から、ずっと離れたこの地でさえも、その凶暴な悪名は知れ渡っていた。
しかし人の溢れすぎる大都会では、かえって近所への感心が低い。
たまに満月の夜、どうしても衝動を抑えられなくなり変身しても、怪しまれずに済んだ。
そうやって何年もずっと、やり過ごしてきたのだ。
「……人狼と知って、君が俺に怯える姿を、見たくなかったんだ」
今までの経緯を話し、最後に公園へエメリナを置いていった真相を吐露した。
「そうでしたか……」
神妙な顔でエメリナが呟く。
その顔を眺めながら、恐る恐る次の言葉を紡いだ。
「だけど、俺の耳が正しかったなら……それほど怯えられてもいないようだ」
緊張と不安で、心臓が壊れそうだ。
先ほどのあっけらかんとした態度に拍子抜けし、もしかしたらと淡い期待を抱き、それでも不安でたまらない。
息を詰めて、彼女の表情を伺う。
「え、ええ……」
あの時の恐怖を思い出したのか、エメリナは小さく肩を震わせた。
「人狼があんなに強いなんて、びっくりしました。思ってたより、ずっと迫力があって大きくて……」
そして愛しい愛しい少女は、泥まみれの顔で、これ以上ないほど可愛らしく笑った。
「でも、ものすごく格好良かったです!ギル先生を、もっと大好きになりました!」