食用魔獣の大暴走-1
――後日、その事件の責任を巡り大揉めになったが、結局真相は不明瞭になった。
運転手は『檻には絶対に鍵をかけた』というし、出荷責任者は、『きちんと適量の麻酔をかけた』と主張している。
しかし災厄は、間違いなく王都の一角を襲ったのだ。
商業地区から電車に乗れば、乗り換え二つでエメリナたちの最寄駅に帰れる。
駅を出た途端、工事車の立てる大音量の機械音と排気ガスに襲われた。
広い通りの半分をクレーンやミキサー車が塞ぎ、地面を掘り返すドリルの音が腹に響く。
「当分、これが続くんですね」
そこかしこに立つ通行禁止の看板を眺め、エメリナは溜め息をついた。
数日前から、王都の各所で大規模な道路工事が始まっていた。
年々酷くなる渋滞緩和のために、老朽化した道の修復と拡張工事を行っているのだ。
計画自体は前から発表されていたが、実際に工事が始まると、王都民は多大な被害をこうむる羽目になった。
修復工事は仕方ない。
その間、多少は不便になるのも納得できる。
しかし、あまりにも強引で身勝手な工事作業なのだ。
昨日まで何も告知が立っていなかった道路へ、急に工事が始まり通行止めになる。
迂回の誘導看板も殆どなく、作業員も知らん振り。自力で別の道を探すしかない。
元の道幅が狭すぎるので、車だけでなく歩行者まで通行止めになる箇所も多い。
エメリナたちも今朝、行きなれた駅に着くまでに、散々苦労した。
ウリセスから聞いた話では、役所に苦情が殺到しているが、担当者不在とか責任転嫁ばかりで、ろくに対処していないそうだ。
『工事の請負は、最近急成長した建設会社ですが、あまり良い噂を聞きませんね。今回の入札も公平さを疑われていますし』
情報通の彼は、そんなことも教えてくれた。
多分、もっと何か知っているのだろうが、彼にも職業上の守秘義務はある。
せめて言外に、『役所に苦情を申し立てても無駄』と、教えてくれたのだ。
大気を震わせるドリルの唸り声に、耳をつんざくクラクションの音が混じる。
「早く帰ろう」
ギルベルトも、うんざりした顔で耳を押さえる。
いつもの道が使えないので、広い主街道をぐるっと大きく迂回して、脇道に入るしかない。家まで倍の距離になる。
「そうですね、雨も降りそうですし」
イスパニラの夏は、突然の豪雨が多い。
さっきまで晴れていた空を、厚い雲がどんよりと覆い始めていた。
周囲の人々も空を見上げ、主街道は急ぎ足の人々で大混雑だ。
主街道の両脇へいくつも伸びる脇道は、戦乱時代に造られて以来そのままだ。
つまり、敵の侵攻を防ぐため道幅は特に狭く、複雑に曲がりくねっている。
道の左右には、背の高い集合住宅がピッチリ隙間なく建てられていた。
これもかなり古いもので、大きく張った窓枠や戸口上についた彫刻が、古風な雰囲気をかもしだしている。
いつもは歴史を感じさせる静かな住宅地だが、今は道路工事の音がうるさく響いていた。
住民たちも戸口を塞がれたりと、迷惑この上ないようだ。
うるさくがなりたてる道路工事の脇を、人々は顔をしかめながら早足で歩いていた。
狭くなった道は歩きにくいし、昨夜も大雨だったから、工事現場はどこもぬかるんでいて、泥がしょっちゅう跳ね飛んでくる。
イライラした空気が街に満ちて、いるだけで神経がささくれそうだ。
「おい!!こっちが先なんだぞ!!」
狭い道の向こうで、苛立ったトラックの運転手が、道を譲れとタクシーに怒鳴っている。
大型トラックには、ロクサリス国営の魔獣牧場マークがついていた。
対して、白髪のタクシードライバーも怒鳴り返した。
「ふざけんじゃねぇぞ!!てめぇの車幅を考えろ!ここは大型車禁止だ!!」
「知るか!!こっちに迂回しろって言われたんだよ!!」
「それこそ知るか!」
こんなやり取りのあげく、顔を怒りで真っ赤にしたトラック運転手は、強引にハンドルをきった。
道路わきにつまれた瓦礫へ片輪をのりあげ、タクシーを避けようとしたのだ。
「あっ!!」
エメリナは短く悲鳴をあげる。
瓦礫は運転手が思っていたより高すぎ、バランスを崩した大型トラックはグラリとかしいだ。
轟音をたててトラックが倒れ、周囲から悲鳴があがる。
運転手たちの揉め事に、我関せずだった工事作業員たちも、さすがに駆け寄ってきた。
「おい!救急車呼べ!!」
「誰も潰されてないな!」
「運転手だけだ!」
口々に作業員が騒ぎ立てる。
辺りは騒然とし、エメリナも心臓がバクバクしていたが、幸いなことに怪我人はいなかったらしい。
トラック運転手も、頭をさすりながら助け出されており、胸を撫で下ろした。