食用魔獣の大暴走-2
「はぁ……びっくりした……」
振動で頭がグラグラしたせいか、横倒しになったトラックは、まだ揺れているように見える。
地鳴りのような激しい音が周囲に響いていた。
「……え?あれ……なんだか……」
目をしばたかせ、エメリナは長方形の荷台を見つめる。
エメリナだけでなかった。
ギルベルトも周囲の人間も、内側から激しい音を立てて揺れる荷台を凝視していた。
「お、おいっ!!これ、何が入ってんだよ!?」
焦った作業員に詰め寄られ、青ざめた運転手が口元を戦慄かせる。
「あ、あんまり早く殺すと、味が落ちるって言いやがるんだ。
け、けど、麻酔をちゃんと打ってるはずだ……食肉工場に連れてくまで、十分すぎるほど……」
「そんなの聞いちゃいねぇ!中で暴れてるのは、一体何だって……っ!!!!」
作業員の怒声に答えたのは、運転手ではなかった。
何千羽もの鳥が一斉に鳴き叫んだような声が、ひしゃげたアルミ壁の隙間から轟いた。
荷台の扉が弾け飛び、全身を真っ赤な鱗に覆われたドラゴンが二匹、ちぎれた鎖をひきずりながら姿を現す。
その場にいたほぼ全員の喉から、絶叫があがった。
細長い瞳孔をした黄土色の瞳が四つ、ギロリと辺りを見渡す。
トラックは大きかったが、それでも相当に窮屈な姿勢で詰め込まれていたのだろう。
巨大な食用ドラゴンは、どちらも尻尾までいれれば体長八メートル以上はあった。
胴は象よりも太い。翼は無く、長い首と尻尾をゆらゆらと揺らめかしている。
鋭い鍵爪の生えた太く短い四つ足が、敷石の外された泥道を踏みつけた。
人々は一度悲鳴をあげたが、動くものは殆どいなかった。
あまりの恐怖に動けなかったのだ。
「だ、大丈夫、ありゃ確か、草食だろ?大人しいもんだって」
エメリナの斜め後ろにいた若者が、空元気な震え声で呟いた。
ドラゴンとはかなりの距離があったし、もし聞えたとしても、あの生物に理解はできなかっただろう。
はるか古代は、人々の最大脅威であったドラゴンは、人の手で養殖可能にする為、さまざまな遺伝子操作を加えられていた。
脳を縮小された平たい頭は、ごく原始的な行動しかとれない。
しかしドラゴンは若者に答えるように、突然太く長い首を鞭のようにしならせた。
ちょうど隣にあった古アパートの上階に、凄まじい音を立ててドラゴンの頭がぶつかる。
部屋の壁は吹き飛ばされ、砕けた漆喰と木の骨組みが、バラバラと崩れ落ちた。
「ひぃっ!!??」
何事かと、窓から眺めていた住人は、寸での所で避けられたようだ。
むき出しになった室内で、残った壁際にへたりこんでいるのが見えた。
もう一匹のドラゴンも、怪鳥のような鳴き声をたてて首を振り回す。
「「「「「「うわあああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」
今度こそ、絶叫と共に人々は逃げ出した。
まるで太古の覇者だった意地を見せるように、怒り狂った二頭のドラゴンは暴れだす。
古い建物が次々に砕け散り、レンガや漆喰に瓦が降り注ぐ。
「殺される!!!」
「早く通してよ!!!」
怒声と悲鳴が入り混じり、パニック状態になった人々が四方に散ろうとした。
しかし、工事看板や機材が邪魔をして、なかなか進めない。
押しつぶされそうになったエメリナを、ギルベルトの腕がしっかりと庇う。
そのまま引き摺られ、幸いにもすぐ主街道へ抜け出せた。
「っ、先生……っ」
「後は一人で避難できるか?」
恐怖と混乱で息を荒げるエメリナの両肩を掴み、切羽詰った声でギルベルトが尋ねる。
「え?は、はい……」
周囲は大混乱だが、ここまで出てしまえば大丈夫だ。
ギルベルトが首を捻り、壊れたアパートの一つを見上げた。
崩れてむき出しになった子ども部屋で、まだ幼い女の子が泣き叫んでいる。
その部屋は三階にあり、悪い事に扉は倒れた家具で塞がっていた。
「嘘……先生っ!!」
エメリナが問いただすより早く、ギルベルトは行動で示した。
建物の窓枠に手をかけ、するんとよじ登る。殺到する人々で埋まった道を、窓枠や戸口の彫刻を踏み台にして逆走していく。
軽業師どころか、野生動物のような身のこなしだった。
「ひ、ひ、う……」
半分になった部屋の中で、腰が抜けて座り込んでいる幼女に気づき、ドラゴンがゆっくりと鎌首をもたげた。
黄土色の瞳が、ギョロリとか弱い生物を睨む。
臼歯の並んだ口が、幼女を噛み潰そうとした寸前で、暗灰色の髪をした青年が、その鼻先から獲物をかすめとった。
周囲から安堵の声が沸き起こり、エメリナも詰めていた息を吐く。
だが、咆哮をあげたドラゴンは、長い首をまた振り回した。
気絶した幼女を片腕に抱き、ギルベルトは危ういところで避けたが、更に床が崩れ、殆ど足場がなくなる。
もう片手で崩れた壁を掴み、身体を支えていたが、両手が塞がった状態では魔法も使えない。
その不安定な状態で、なんとかドラゴンの鼻先をかわしていた。