大陸無双の大会社-3
採集課の中は、いつも通り大層賑やかだった。
電話が鳴り響き、あちこちで発される会話の声が混ざる。
広いフロアの中央には、社員用の仕事机が並び、壁際にはパーテーションで仕切られた応接セットがいくつもある。
そこでは社員とレンジャーたちが熱心に打ち合わせをしていた。
いかつい大男に小柄なドワーフ少女の凸凹コンビ、魔術師らしいエルフ青年や、はちきれそうな胸をした筋骨たくましい女性などもいる。
「ギル!エメリナ!おはようございます」
スラリとした細身の青年が、机から立ち上がって手を振った。
「おはよう、ウリセス。遅くなってすまない」
「おはようございます、ウリセス」
「あはっ!ひょっとして、道路工事の通行被害にあいました?
もうあっちこちで酷いですよね。うちの課も遅刻者が続出ですよ」
細身のスーツときっちり締めたネクタイが似合う銀髪の青年は、ギルベルトの手をぶんぶんと千切れそうに握って握手した。エメリナにも同様にする。
繊細な顔姿は、神経質そうに見えるほどなのに、中身は驚くほど元気で威勢がいい。
ギルベルトと二つ年下の彼は、遠い血縁に当たるそうだ。
姓も違うし顔もまるで似ていないけれど、強いて言えば、子犬を思わせるこの人懐っこさと陽気な笑顔が、なんとなく似ているような気がする。
先日の系譜図に、ウリセス・イスキェルドの名前もあったのを、チラリと思い出した。
たしか彼の名前は、赤枠で囲まれていなかったはずだ。
応接セットの一つに案内され、エメリナは用意してきたメモリーカードをウリセスに渡す。
ギルベルトから昨日聞いた、今回の薬草の分布状況や、採集地域の治安情勢などのデータだ。
バーグレイ・カンパニーが扱うのは、形のある品だけではない。
一番高値で取引きされるのは、情報という化物だ。
電信がフロッケンベルクで発明されたばかりのころ、精密な情報というものが、どれほど価値あるものか、情報の伝達速度がどれほど世界を変えるか、当時はまだ殆どの人が、それを理解していなかった。
それをいち早く商売に取り立て大成功したのは、バーグレイ商会だ。
「ほんと、エメリナが来てからすごく楽になりましたよ。ギルは全部アナログですからねー。携帯を持ってくれるだけでも進歩だけど」
ウリセスは笑い、テーブルに載せたノートパソコンへカードを差込む。
「俺も助かるよ。エメリナくんは優秀な助手だから」
隣りのギルベルトが嬉しそうに言ってくれ、頬が熱くなる。
イヴァンのような紛い物の賞賛でなく、本当に気持ちよく他人を褒められる人だ。
ウリセスは画面を眺めながら、熱心にギルベルトへ追加質問を重ねキーボードを叩く。
基本項目は全て埋まっているが、その時に置いて彼が必要と感じる、細かな情報が欲しいのだ。
それは空港の混み具合だったり、泊まった宿の食事メニューだったり、中にはどうしてと思うような些細なものまである。
その全部があたるわけではないが、一見無価値に見える情報に、重要な価値を嗅ぎつける嗅覚を、ウリセスはもっているそうだ。
「おつかれさま。ちょうどこの地域の情報が欲しかったんですよ」
一通りの質問を終え、ウリセスがノートパソコンを閉じた時だった。
「ん?おーい!ギルベルトじゃないか!」
フロアの向こうから、野太い声が響く。
中年ドワーフの三人組が、筋肉の盛り上がった太い腕を親しげに振っている。
彼らはスーツの代わりに、ドワーフ族の正装として鉄兜と胸鎧をつけていた。
天性の細工師である彼らの武装は、時代が移り変わった今見ても、惚れ惚れするほど見事な品だ。
三人はギルベルトと顔見知りのレンジャーで、他の応接セットで打ち合わせしていたらしい。
「ああ、久しぶり」
ちょっと良いかな?と、ギルベルトが席を外す。
席に残り紅茶を啜っているエメリナを、ウリセスがちょんちょんと突いた。
「あ〜ぁ。これでまた毎晩、ギルにエメリナをとられちゃいますね」
「う……毎日じゃないもん……」
ウリセスのからかいに、顔が赤くなる。