制御不能の恋心-1
『宜しくお願いします。ギルベルト先生!』
彼女を雇うと告げた直後、突然そんな風に呼ばれ驚いた。
居心地悪いようなくすぐったさを感じたが、学者だから『先生』だと、無邪気な笑顔で告げられ、それがあまりにも可愛かったから、まぁ良いかと思ってしまったのだ。
親しげなのに他人行儀な呼称は、微妙な距離感を保つには良いだろうと。
遠縁であるバーグレイ・カンパニーの会長は、『助手が必要なら、こちらで適切な人物を斡旋する』と言ってくれていた。
きっと、その方が良かったのだ。
秘密が露見すれば、ギルベルトだけでなく多くの親戚知己に迷惑をかける。
昔から一族の大部分も、親密な仕事相手や結婚相手を探すには苦労していた。最初から秘密を共有する遠縁と結ばれる者も多い。
何人か紹介されたが、仕事能力も高く、人格的にも好感が持てる相手ばかりだったのに、どうしてもしっくりこなかった。
リスクを知りながら運試しのような足掻きで、新聞に助手を募集する広告を出した。
卓上の携帯電話が、見知らぬ番号からのベルを鳴らしたのは、その翌日。
携帯電話は大嫌いだ。
頭にくっつけて話すせいか、ギルベルトだけに聞える電子雑音《ノイズ》は一際うるさく、判断能力を奪う。
聞きなれた相手の声も、酷く耳障りな金属音のように聞え、言ってる内容も半分聞き取れればいいほうだ。
溜め息をこらえ、うんざりしながら通話ボタンを押した。
『はじめまして。広告を見ました』
少女の声は、雑音《ノイズ》の向こうから、驚くほど涼やかに届いた。
最初は渋った会長も、密かに彼女の身辺調査をし、信頼の置けそうな人格だと、ひとまず納得してくれた。
しかし、秘密を晒しても本当に大丈夫だと確信するまで、少なくとも数年は決して油断しないよう、念も押された。
エメリナはとても感じの良い少女だったし、少し話しただけでも十分に賢さが感じ取れた。何より驚くほど機械を楽しそうに操る。
それで選んだのだと思っていた。
けれど、後から気づいたが、ギルベルトに彼女を選ばせたのは、彼女から漂うとても惹きつけられる香りだった。