秘密主義者の奇妙な系譜図-2
この古い家は、どんなにそっと歩いてもギシギシ音がするのに、彼は物音一つたてず、気配すら感じさせなかった。
「せ、せんせ……びっくりしたぁ……」
バクバクと脈打つ心臓を押さえ涙目で訴えると、ギルベルトは呑気に笑う。
「ごめんごめん。これ、こんなところに紛れてたのか」
にこやかに微笑んだ口が、小さく早口に呪文を唱えた。大きな手の中で、ラインダースの系譜図が金色の炎を上げて燃え上がる。
「あっ!」
「ただの落書きだよ」
魔法の炎は紙だけを焼き尽くし、手肌には火傷ひとつ負わせない。
呆然とするエメリナを他所に、ギルベルトは燃え尽きた灰を流し台に振り落とす。蛇口をひねり、灰すらも綺麗さっぱり流されてしまった。
「すみません……」
穏やかな笑顔の裏に、底冷えするものを感じ、エメリナはおずおずと呟く。
「別に謝ることないさ。中途半端で雑なものだから、恥ずかしかったんだ」
照れ笑いとともに背中を叩かれ、ほっとした。
同時に壁掛けの古い時計が、ちょうど五時を告げる。
「お仕事終了。おつかれさま」
長身が覆いかぶさり、顎を軽く持ち上げられた。次の瞬間には背を抱かれ、唇が重なっていた。
閉じた唇をペロリと舐められ、反射的に開いてしまう。ぬるんだ舌が隙間から忍び込み、口内を蹂躙しだす。
上顎や舌の付け根など、この数日ですっかり暴かれてしまった弱い箇所を舐められると、足の付け根が痺れるように疼く。
震える足が勝手に内股になり、腰がゆらいでしまいそうになる。堪えようと、きゅっと力をこめてギルベルトの服を掴んだ。
「ん……まだ……途中で……」
深い口づけの合間に、切れ切れに訴える。
物置きの扉は開きっぱなしで、分類途中の本やファイルが床に山積みされていた。
「あとで俺が片付けておく」
ギルベルトが薄く笑って呟く。問答無用とばかりに抱き上げられた。
耳朶を甘噛みされ、エメリナは身をすくめる。身体の奥がキュンといっそう疼いた。
「とりあえず今は、エメリナくんの気持ち良さそうな顔を、もっと見たい」
「やっ!な、なんてこと言うんですかっ!」
キス一つで蕩けてしまったのを指摘され、耳まで熱くなるのを感じた。両手で顔を覆い隠す。
なんとなく、はぐらかされたような気がするが、ギルベルトはエメリナを抱き上げたまま、さっさと二階へあがってしまった。
「それに来週からしばらく離れるんだから、今のうちにエメリナくんをいっぱい補給しておかないと」
ベッドに押し倒されたエメリナは、囁かれた言葉に息を飲む。
来週からギルベルトは、また一人でレンジャーの仕事に赴く。
急に決まった予定で、ある遺跡の付近にだけ生える薬草の採取が目的だ。十日から二週間ほど留守にするだろう。
「……私が同行するのは、無理ですか?」
思わず口走ってから、はっとした。琥珀色の瞳が、困惑したようにエメリナを見つめている。
「薬草採取だけといっても、治安も悪いし場所だし、危険だからね」
やんわりと諭すような言葉の中に、毅然とした拒否が込められていた。
「はい……」
頷くと、子どもにするように頭を撫でられた。
「エメリナくんは素直ないい子だねー。お留守番を宜しく頼むよ」
ニコニコ笑顔でからかう上司に、頬を膨らませる。
「子ども扱いするんでしたら、お土産を要求しますよ」
「子どもにこんな事するほど、節操なしじゃないさ」
服の上から胸の膨らみを揉まれ、息を詰めた。爪をたてるように指を動かされ、衣服と下着の奥で敏感な先端に疼痛が走る。
「っ!は……先生って、意外といじわるですよね……」
両腕を交差させ顔を隠し、荒くなり始めた呼吸の下から訴えた。
「エメリナくんは可愛いから、つい苛めたくなる」
力強い腕に、両腕のガードをあっさり外された。
大好きでたまらない人の顔が間近にあり、頬がいっそう熱を帯びる。
「……ん……っ」
首筋に軽く噛みつかれ、背が浮き上がる。
「……エメリナ……愛してる」
狂おしい声音で呼ばれると、もう駄目だった。
心臓が鷲づかみされたように苦しくなり、心が幸せで溶ける。
唇が重なり、深くなっていくそれに、うっとり目を閉じた。