運転上手のお転婆娘-3
食卓はもうパーティー用に飾られていたから、コーヒーはキッチンで飲む事になった。
白い壁紙に空色と薄いピンクのタイルを飾ったキッチンは、相変わらず清潔で几帳面に片付けられている。流しにはケーキ作りの後がまだ残っていたが、これもすぐ綺麗になるだろう。
そう広くもないキッチンだが、小柄で細身な親子三人だから、それほど窮屈ではない。
「――エメリナは家から大学に行くか、お父さんの工房を継ぐとばっかり思ってたのに」
娘の自立に未だに不服な母が、またお定まりのセリフを口にした。
「機械は好きだけど、今の仕事だって、やりがいはあるし楽しいもん」
さすがに雇い主と恋人になってしまいました。とは言えないが、他の部分は事実だから、きちんと主張する。
きっかけはともかく、今ではもう逃げ道ではなく、純粋にあの職場が好きなのだ。
「お前の雇い主はレンジャーでもあるんだろう?そっちには同行しないのか?」
不意に父が口を挟んだ。
「え?……ううん。私はいつもお留守番してるよ。行って見たいとは思うけど……」
本音を言えば、考古学に興味を持つようになってから、できれば遺跡にも同行したいと思うようになった。
論文や本だけでも十分面白いが、実際にその場所に立ち、空気や歴史の息吹を感じられれば、どんなに素晴らしいか。
ギルベルトは運転ができないし、あの壊滅的な機械音痴は、世界中のどこにいっても変わらないから、結構苦労することもあるようだ。
エメリナが同行すれば、機械操作や運転など、多少は役に立てるだろう。
しかしギルベルトに一度だけ、さりげなく打診したところ、危険すぎるとあっさり却下されてしまったのだ。
「行きたいなら、雇い主に同行を頼んでみたらどうだ」
父がそそのかすように言うと、母が形のいい眉を吊り上げる。
「とんでもない!レンジャーがいく場所なんて、治安の悪い国や、ピラニアや毒虫だらけの密林ばっかりじゃない!命がいくつあっても足りないわよ」
キッと睨まれ、エメリナは慌てて両手をふる。
「いや、だから私は留守番を……」
しかし今日の父は、珍しく多弁だった。
「俺はエメリナを、ひ弱な箱入り娘に育てた覚えはない。遺跡の一つくらい行けなくてどうする」
「この子は見かけによらず頑丈なお転婆娘ですけどね、女の子の行く場所じゃありません」
エメリナの頭をぐりぐり撫で、母が猛然と反撃する。
「女のレンジャーだって近頃じゃ珍しくないだろう。特に若い時は、色々な経験を積んだほうがいいんだ」
「ちょっとちょっと!!二人とも、いい加減にしてよ!!」
火花が散り始めた二人の間で、エメリナは声を張り上げる。
「あのねぇ!私は自分の事は自分でちゃんと決めるの!」
「う……」
「む……」
不満そうながら、両親たちはひとまず舌戦を中断して押し黙る。
「ギル先生が危険だって言うなら、無理に着いて足手まといにはなりたくないの。遊びじゃないんだから」
両親に言いながら、同時に自分へも言い聞かせていた。
遺跡の同行を断られたのは、誰よりもエメリナ自身が残念なのだ。しかし、ギルベルトが駄目だというなら、諦めるしかない。
そもそも、レンジャーは危険を軽減するため、複数で行動するのが多いのに、ギルベルトは基本的にいつも一人で行く。
どうしても手伝いが必要なときだけ、バーグレイ・カンパニーを通じて頼むくらいだ。それも全部は同行させず、要所のみに限るという徹底振り。
普段は人好きする彼の、奇妙な点だった。
「……はぁ。エメリナはすっかり大人になっちゃったのねぇ」
母が目に見えてガックリとうな垂れる。
「まったく。ベビーカーに乗ってたのが、つい昨日のような気がするがなぁ」
父までもしんみりした口調で呟き、母の肩を抱き寄せた。
「お前がいつまでも綺麗だから、年を取った実感が沸かないな」
「あなただって、今でも変わらないで……ううん、昔よりずっと素敵❤」
――自分の両親がいちゃつく姿というのは、どうしてこう見ていられない気分になるのだろう。
「もう!二人きりの時にやってよ!そろそろお祖母ちゃんたちが来るんじゃない!?」
椅子から飛び降り、空になったカップを回収して流し台につっ込む。
「あら、大変!」
壁の時計に目を走らせ、母が顔色を変えた。
「ちょっと二人とも!いつまで作業着でいるのよ!早く着替えて!」
とたんに急かしだした母にキッチンを追い出され、エメリナと父は着替えるべくそれぞれの部屋に飛び込んだ。
まったく、母はいつもけたたましい。