精通タイム 前編-3
次の時間、クラスの組織決めが行われた。
「よし。じゃあ、最初に学級委員長から決めよう!」担任が無駄に大声で言った。「誰か立候補する者はいるか?」
一瞬の後、クラス内がざわめいた。そして生徒たちの目が教室の後ろに座っている天道修平に向けられた。彼はまっすぐに手を伸ばしていた。
健太郎も意を決して右手を高く挙げた。
またクラス内にざわめきが広がった。
「おお、いいね。二人もいるのか。立候補者」担任がひどく嬉しそうに言った。
「俺、下ります」すかさず修平が叫んで上げていた手をすっと下ろした。
「え?」担任が意表を突かれたように顔を上げた。
今度はクラスの中にどよめきが広がった。
「なんで? いいじゃん、修平、やりなよ」隣に座った女子生徒が修平に耳打ちした。
「いや、下りる。先生、学級委員長はシンプソンくんがいいと思います。みんなの人気者だし」
健太郎はそれを聞いて、胸にもやもやしたものが広がっていくのを感じた。
「嫌味なやつだな……」健太郎の前に座っていた、同じ中央小学校出身の生徒が振り向いて、健太郎に囁いた。
「よし。じゃあ、学級委員長はシンプソン君でいいな? みんな」
生徒たちは拍手をした。
「自ら進んで手を挙げてくれた天道君には、別の意味でとても重要な学習委員になってもらおう。それでいいか? 天道君」
「いいっすよ」修平は両手を頭の後ろに組んで反っくり返った。
「修平、頭いいからな」隣の男子生徒がみんなに聞こえるように言った。
「うっせえ! 余計なこと言うな!」修平は大声で言って、その生徒を睨んだ。
◆
放課前の短いホームルームの時間が終わり、一組の生徒たちは一様に気疲れした顔で教室を三々五々出て行った。
教室の後ろで荷物を片付けていた健太郎は、廊下に出た修平が一人の友人に話しかけているのを聞いた。
「おい、いいもん見たくねえか?」
「いいもん?」
「いいカラダしてる女子がいるんだぜ」
「へえ」
「二組にな、巨乳の女子がいるんだ」
健太郎はそれを聞いて思わず眉を寄せた。
修平と数人の男子生徒が、生徒用の玄関を出た所に溜まっているのを健太郎は見つけて、靴箱の陰に身を潜めた。
二組のホームルームの時間が終わって、生徒たちが生徒用玄関にやって来た。その中に健太郎の双子の妹、真雪もいた。健太郎は彼女の姿を目で追った。同時に外で待ち伏せしている修平たちの様子もうかがった。
「ほらな、見てみろよ。なかなかだろ?」修平がにやにやしながら小声で隣の男子生徒に話しかけた。
真雪は同じ中央小学校出身の女子生徒と二人で玄関を出た所だった。
修平たちの一団はそれをじっと目で追った。
白い歯を覗かせた、いやらしい目つきの修平を見て、健太郎の胸に熱いものが沸き上がってきた。
健太郎は、そこに鞄を放り出し、靴も履かずに表に飛び出して、修平に飛びかかった。
「な、何だ、おまえ!」修平は慌てて叫んだ。
健太郎は修平をその場に押し倒して馬乗りになった。
「妹をいやらしい目で見るな!」
健太郎は修平の胸ぐらを掴んだ。
修平はその健太郎の手を力任せに振りほどき、叫んだ。「何しやがる! 俺たち何もしてねえだろ!」
「うるさい!」
健太郎は修平の肩を押さえつけた。
修平は健太郎の身体を突き飛ばし、拳で殴りかかった。「優等生ぶるんじゃねえよ!」
騒ぎに気づいた真雪は驚いて振り向き、叫んだ。「ケン兄!」
生徒用玄関は騒然となった。帰宅しようとしていた生徒たちは、遠巻きに二人の激しい殴り合いを見ているだけだった。