満身創痍の初デート -6
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「本選進出おめでとう」
休憩所に戻ると、ギルベルトがペットボトルを渡してくれた。エメリナが好きなオレンジシュースだ。
「ありがとうございます!」
陽射しは更に強まっており、汗だくになった人々で休憩所も満席だった。
テントの隅で立ったまま飲むが、それでも日陰なだけ、ありがたい。
冷たく甘いオレンジジュースが、喉に染み渡っていく。
「なかなか面白かった。キツネの少年を使っていたのが、エメリナくんだろう?」
「見えてたんですか?先生、あいかわらず目が良いですね」
予選ブロックの仕切り内はロープで区切られ、休憩所からは距離もある。
「ああ。すぐ人が集まってしまったから、最初の数試合しか見れなかったが……」
言葉を切り、ギルベルトはくくっと笑う。
「やっぱり来て良かった。いつものエメリナくんに戻ってくれたからな」
「え?……あ、はい」
ジュースの蓋を閉め、ニヤケてしまうほっぺたを、慌てて押さえる。
その時だった。聞き覚えのある声が、背後からかけられたのは。
「……エメリナ?」
「っ!?」
背筋をゾクンと冷たいものがはしる。
飛び上がらんばかりに振り向くと、やっぱり、一番見たくない顔がそこにあった。
エメリナより一つ年上の彼は、そういえば確か、王都の大学に進んだと聞いたが……。
「アナウンスで、まさかと思ったけど、マジでお前だったのか」
金茶色の髪をした若い青年は、整った口元を歪めて笑う。ギルベルトと並ぶほどの長身で、着くずしたシャツの胸元には、ステンレスのアクセサリーが光っている。
「イヴァン先輩……」
「俺の卒業以来だから、二年ぶりか?」
エメリナを弄び、これ以上ないほど傷つけた張本人は、悪びれもなくニヤニヤと笑いながら近づいてきた。
「エメリナくん、どうした?」
しかめっ面になったエメリナに、ギルベルトが怪訝そうな顔をした。仕方なく無難な説明する。
「えっと、ハイスクールの先輩で……」
「エメリナとは、工学サークルで一緒だったんですよ。コイツは途中で止めちゃったけど」
グリグリと無遠慮に頭を撫でる手を振り払った。
(このっ!!!!誰のせいだと思ってるのよ!)
内心でギリギリと歯軋りし、エメリナは見えない位置で拳を握り締める。
工学サークルでは、簡単なロボットや機械を作り、コンテストに出したりして楽しかった。
優秀なのに気取らず面倒見のいいイヴァンを、本当に大好きで尊敬していたのだ。
だが、二年生になってすぐ、あの事件が起きた。
裏切られたショックで、しばらくは夜も眠れなかったし、サークルも辞めてしまった。
「そういやお前、ゲームもムチャクチャ強かったもんなぁ」
自分のしたことなど、すっかり忘れたように、イヴァンは親しげに話しかけてくる。
「ちなみに俺、Bブロックの代表者ね。本選で最初にお前と当たるらしいぜ」
「うそっ!?」
驚愕するエメリナに、休憩所のスピーカーがアナウンスを告げる。
『まもなく本選の開始となります。出場の方は、ステージ裏までお集まりください。繰り返します……』
「い、行ってきます」
バッグを抱えなおし、ギルベルトを振り向く。
「……ああ。頑張って」
ギルベルトは一瞬だけ、心配そうな顔になったが、すぐ穏やかな笑みを浮べて手を振ってくれた。
「ほら、行こうぜ」
馴れ馴れしく肩を抱くイヴァンの手を、身をよじって振りほどく。
「私に構わず、お先にどうぞ」
「どうせ行き先一緒だろ。昔は俺の後をベッタリだったのにさぁ」
「……あの頃は、人を見る目がありませんでした」
慣れないヒール靴で、精一杯ツカツカと早く歩いたが、長身のイヴァンは楽々ついてくる。
休憩所のテントを抜け、まっすぐステージ裏に向おうとしたが、人の波に阻まれて、なかなか進めない。
横へ横へと避けていくうちに、いつにまにか資材置き場まで流されてしまった。仕方なく、ビニールシートや機材の迷路を黙々と歩く。