満身創痍の初デート -10
自分の声は、奇妙なくらい冷静だった。
イヴァンに弄ばれた事や、それで決定的になった外見のコンプレックスに、今日初めて知った彼の真意までを、独り言のようにポツポツと話していた。
ギルベルトは身動き一つせず、黙って聴いている。そしてエメリナが話し終わると、静かに腕が離れた。
覚悟はできていたから、溜め息を押し殺して俯いた。
あの夜の実例もあるのだ。すぐ雰囲気に流される軽い女だと、呆れられたのだろう。
「今度は、俺の話を聞いてくれるかな?」
ポンと軽く背中を叩かれた。ギルベルトが誰かを励まそうとする時の仕草だ。
「せんせい?」
優しい色をした琥珀色の瞳が、エメリナを見つめていた。
「子どもの頃、電気製品を使えるようになりたくて、たまらなかった時があった」
「え……?」
「友達や兄弟が楽しそうにゲームをしているのが、羨ましかったんだ。
でも、俺は電気製品を触ると、どうしても頭に雑音(ノイズ)が響いて、ロクに使えない。色々と努力してみたんだが、全部ダメだった」
少しきまり悪そうな口調だったが、ギルベルトは目を細め、むしろ良い思い出というような顔だった。
「祖父は、そんな俺を見かねたんだろうな。ある日、機械を取り上げられて
『重要なのは所詮、過程でなく結果だ』 と、言われた」
爽やかな言葉に、エメリナはポカンと口を開ける。
「……それ、逆じゃないんですかっ!!??」
出来なくても、努力するのが大事だとか、流した汗は無駄にならないとか……!!
「まぁ、ヘソ曲がりな人だから」
「や……でも!努力している孫に、なんて事言うんです!!」
会った事も無いギルベルトの祖父に、つい憤慨してしまう。
しかし当人は、呑気に笑って手をふる。
「いや、つまりまぁ……誰だって失敗や不得手があるのは当たり前だから、無理せず最終的に幸せな人生を送ればそれで良し。と、そう言いたかったらしい」
「は、はぁ……」
大きな手に、そっと濡れた頬を拭われた。
「失敗して、それでやっと覚えていくことだって、沢山あるだろう?」
琥珀の瞳が、エメリナを惹きつけて離さない。
「過去に痛い目を見ていたエメリナくんなら、俺があんな風に誘っても、本当に嫌だったら、ちゃんと拒否しただろうなと、信じている」
ギルベルトが微笑み、少し身をかがめる。額にかすめるような軽い口づけを落としてくれた。
そこからじんわりと暖かさが浸透し、重苦しくのしかかっていたものが、嘘のように氷解していく。
「だから俺は、今の話を聞いて、少し自惚れてもいいかと思った」
コクコクと、必死で頷く。
「……確かにその……雰囲気とか、そういうのも、ゼロじゃなかったですけど……っ!」
私は本当にバカだった。
信じるべきなのは、妬みがましい卑小な男でなく、目の前のこの人だったのに。
「私はギル先生が、本当に大好きです!!」
まだ目端に残っていた涙を払い退け、両手を握り締めた。
強張っていた手は、もうすっかり普段の調子を取り戻している。
「先生!すみませんけど、やっぱり敗者復活戦に出ても良いですか!?」
「ああ」
ギルベルトが、とても嬉しそうに笑う。
「もう一度、君の勇姿を堪能させてもらうよ」
その姿に見惚れ、改めて思い知った。
この信頼に足る美形だけは、離れて影から愛でるより、たまに緊張しても良いから、ずっと傍にいたい。