機械音痴の初メール-1
その恐ろしい電話は、エメリナの就業時間が終わると同時にかかってきた。
「えっと、その……忙しくってつい……め、滅相も無い!言い訳するつもりじゃ…………はい……はい、反省してます……ごめんなさい、お母さん」
帰り支度の途中だったエメリナは、ガクガク震えながら、小声で必死に謝り続ける。
この二週間、実家に電話する約束を、すっかり忘れていた。
しびれを切らしてかけてきた母親は、電話口の向こうで淡々と、なぜ約束を破ったのか問い詰めてくる。
大声で叱って済まされるレベルなど、とっくに超えているようだ。
「……え?え?で、でも、次の日は仕事だし……い、いや、それだけはご勘弁を……はい、はい……わかりました……行きます」
ようやく満足した母が電話を切り、エメリナは携帯を握ったまま、ビロード張りのアンティークな椅子に崩れ落ちた。
許す代わりに、来週の水曜日、実家で開くエルフの祖母(ちなみに来週で七十歳だが、外見は二十歳前後である)の誕生日パーティーに、最後まで参加するようにと命令だった。
「あ〜……困った……」
机に肘をつき、頭を抱える。
純粋エルフにとって、誕生日というのはとても重要らしい。
虚弱体質者が多く、昔は短命や死産が多かったせいだろうか。
他の祝日は特に固執しないのに、誕生祝いだけは絶対に当日開く。
平日でも会議の日でもテストでも、当然のように仕事や学校を休む。
その頑なさは有名で『エルフの誕生日?ああ、なら仕方ない』と諦められているほどだ。
エメリアだって、お祖母ちゃんは好きだし、誕生日を祝うつもりだった。
実家までは、地下鉄と電車を乗り継いでニ時間弱。仕事が終わって、そのまま駅に直行すればいい。
ちょっと顔を見せてプレゼントを渡しても、終電にはなんとか間に合う。母の誕生日もそうした。
しかしエルフの誕生日パーティーは、深夜までの宴会になる。それに最後までいろと!?
翌朝の始発で、仕事に間に合うか……いや、そもそも、すんなり帰してもらえるか……。
『帰省しない場合は、あなたが都会できちんとした生活を送っているか、職場とアパートへ調査訪問に行くからね』
高笑いと共に発せられた、そら恐ろしい母の宣言は、水曜に帰省してついでに親孝行しなければ、確実に遂行される。
げんなりしながら、エメリナは書斎扉を叩いた。
来週はそう忙しくもないはず。木曜日にお休みさせて貰えるよう、頼んでおいたほうが良さそうだ。
少し軋みながら扉が開き、ギルベルトが顔を出す。
「ああ、帰り?おつかれさま」
「いえ、あの……突然ですみませんけど……」
「え?」
ギルベルトがギクリと長身を震わせたのに、エメリナは気づかなかった。
「実は、家の都合で……」
「っ!!ほ、本当に悪かった!反省している!!」
突然、悲痛な叫び声があがり、エメリナは目を丸くする。
「いや、軽蔑されて当然だと思うし……やっぱり激怒してたんだ!?あんなメールじゃ、謝ったことにならないよな……っ」
「せ、先生?」
焦りまくっているギルベルトに、聞きかえした。
「私は実家の都合で、来週の木曜に、お休みを頂けないか聞こうとしたんですけど……メール?」
「……休み?」
ギルベルトの方も唖然とした表情を浮べた後、一気に脱力したようだった。壁によりかかり、深い息を吐く。
「はぁぁ〜……てっきり、ここを辞めて家に帰る気かと……」
「ち、違いますっ!お祖母ちゃんの誕生日パーティーに行かないと、母がここに押しかけるって、脅かすんです!!」
焦って両手を振り、必死で弁明する。