機械音痴の初メール-3
「それに私、そんなに優しくないですよ……」
二週間、自分だけ悩んでいるつもりで、ギルベルトも悩んでいたのに気づかなかった。
この人が、しょっちゅう携帯を眺めているなんて、絶対に変だったのに……。
視界がぼやけて揺れる。
「優しいさ。今どき携帯も使えない男を、怒りも呆れもしないで、いつも助けてくれるだろ?」
ギルベルトが正面へかがみ、琥珀色の穏やかな瞳が正面に来る。
「俺は電気製品を前にすると、自分でも呆れるくらい頭が働かなくなって、すぐ壊すから、触るのが怖くなったんだ。フロッケンベルク人なのにな……」
「そんな……」
悲しそうな声音に、ズキリと心臓が痛んだ。
ここに移住した経緯は知らないが、ギルベルトの故郷は北国フロッケンベルクらしい。
極寒ゆえに作物が育たず、魔法と科学を融合させた錬金術で発展した国。
世界でもっとも時代を先駆けた、機械の国だ。
蒸気機関車も電話も、フロッケンベルクから世界中に広まった。
確かに世間一般で、フロッケンベルク人は機械が得意という認識がある。
「でも、先生は他は何でも得意じゃないですか!料理も魔法も運動も!論文だって、考古学に興味が無かった私も夢中になるほど面白いし、字も綺麗だし、それに、それに……」
ギルベルトはいっぱい出来ることがあるのだから、一つくらい苦手なものがあったっていい。
夢中で並べると、ギルベルトは可笑しそうに笑った。
「ほら、やっぱり優しい。エメリナくんがここに来てくれたから、もう少し王都で学者を続けてみようと思ったんだ」
「……え?」
「募集広告は賭けだったんだよ。俺をこの時代に適応させてくれる、理想の助手が見つからなかったら、いっそどこか秘境にでも引き篭もろうと思ってた」
「な!?」
あの広告、そんなに重かったのか!!!!????
ギルベルトはレンジャーとして、よく電気も水道もない秘境にも行くから、そういう場所は余裕だろう。
むしろ都会より、はるかに生き生きしてしまうに違いない。
「おかげで引っ越さずに済んだよ。都会は嫌いだけど、この家は気に入っているしなぁ」
呑気に笑うギルベルトの前で、エメリナは力が抜けていく。
「はぁ……先生、そこまで思いつめてたなんて……」
実家の食卓で、トースト片手に眺めた新聞広告が、まさかギルベルトの人生をそこまで左右するとは……。
(ああ、でも、先生は本気だったんだろうな……)
携帯電話やパソコンを使いこなして当前な世界は、ギルベルトのような人間には、さぞ生き難い時代だろう。
フロッケンベルク人であれば余計に、『できて当たり前』と見られ続けたに違いない。
「それから……まぁ、順番が逆になったんだが……」
ギルベルトがふと、表情と声を改める。顔が少し赤い。
「エメリナくんが好きだ。改めて、仕事以外でお付き合いを申し込んでもいいかな?」
「えええええっ!?」
思いがけない言葉にたじろぎ、エメリナは真っ赤になった顔の前で両手を振る。
「せ、先生は大好きですけどっ!でも、わ、わたしっ、エルフっぽさが全然ないんですよ!?」
「そりゃ、確かにエメリナくんは人間寄りだな」
「う、」
自分で言っておきながら、ギルベルトに同じことを言われると、グサリとつきささる。
「でも俺は、エルフじゃなくて、エメリナくんと付き合いたいんだが?」
ポカンと、間抜けに口をあけてギルベルトを見上げた。
「……先生……そのセリフ……萌える……」
「は?」
「い、いえっ!!こちらこそ、お願いします!!私も先生が大好きです!!」