闇よ美しく舞へ。 『カマイタチ』-2
すると。
OLは、不意に何かに背中を撫でられた様な感触に驚き、とっさ的に後ろを振り返る。
見ると直ぐ後ろに、高校生ぐらいの若い男の子が立っていて、その右手には大きなカッターナイフが握られていた。そして自分の足元に出来た血溜まりに気が付くと、蹲(うずくま)って悲鳴をあげた。
「キャーーーッ! 痛ったぁーーーーいっ! 誰かたすけてーーーっ!!」
恐らくはその少年が彼女の背中を切ったのだろう。着ていた黒いスーツの背中もパックリと口を開け、裂けた背中からは激しく鮮血が噴出し、暗いアスファルトをも真っ赤に染める。
そんな彼女の様(さま)を見て、少年は薄気味悪い笑いを浮かべながら、
「カマイタチ」
そんな事を口走る。
「こらーーっ! そこのお前っ何をしてるんだっ!!」
突然現れた二人組みの警察官に少年も驚いたらしい。「ちっ!」と、小声で吐き捨てると、慌てて線路脇の畑へと飛び込み、身を隠すようにして逃げ出した。
「君っ大丈夫か! 直ぐに救急車を呼んでやる!」
駆けつけた警察官の一人は、負傷したOLの身を案じ。もう一人は。
「本部聞こえますか! 報告に有った通り魔がまた出た模様です! 至急各所に連絡、非常線の手配と応援を要請します!!」
持っている無線で本署に連絡を入れながら、急ぎ、少年を追いかけるのであった。
どうやら最近の『カマイタチ事件』は悪質な通り魔の仕業だろうと、以前より警察も警戒を強めて居たらしい。最初の一報が入ってから数分も経たない内に、あっという間に十数台のパトカーが踏み切り周辺に集まって来ると、街中にも非常線が張られ、犯人を逃すまいと大勢の警察官や警察犬が、線路脇から畑の中、路地裏と言った所まで、くまなく捜査を開始する。
しかしである。それほどまでの物々しい捜査にも関わらず、どうやら犯人を逮捕するまでには至らなかった様である。まんまと逃げられ、警察も苦渋(くじゅう)を強(し)いられるばかりだった。
そして、2ヶ月が経った。
少年は、又しても人を襲うべく、カッターナイフを懐に忍ばせ、あの『カマイタチ』の踏切へと近づいて行った。
どうやらあの日以来、しつこく警戒していた警察も此処のところ姿を見せなくなり、少しはほとぼりが冷めたのだろうと、少年は頃合を見計らっていた様子である。
「恐怖は忘れた頃に遣ってくるんだよ」
そんな事を呟きながら、目指す踏切へと、一歩、また一歩、足音を忍ばせて近づいて行った。
そして午前0時の最終列車が通り過ぎるも、そこには少年の姿しか無く、他に人影は見当たらなかった。
「ちぇっ!」
少年はさも、つまらな気に口を鳴らす。
その時である。
”バッサーーーーンッ”
いきなりの襲ってきた突風に、少年は身を切られてその場に倒れこんだ。
と同時だったであろう。突然、暗闇から現れた髪の長い少女が、少年を襲った風に立ち向かって、此れを素手で受け止めると。風も少女の周りで渦を巻き、その身を飲み込まんと覆いつくす。そして、その渦の中に不気味に光る二つの赤い瞳。
少女は禍々し(まがまがし)く光る赤い瞳に向かって左手を翳(かざ)すと、その眼を睨んで、叫んだ。
『灰化(アッシュ)!』
次の瞬間、激しく渦巻いていた風が消え、黒い靄(もや)の様な物が現れるや、それも途端に灰と成って、赤い眼と共に夜空へ消えた。
「ありがとう須藤くん。貴方のお陰で『鎌イタチ』の退治が出来たは。ご苦労様、ゆっくり休んでね」
そんな事を言い残し、黒髪の少女もまた、音も無く暗闇へと姿を消した。
それ以来、この踏み切りで、カマイタチに合う人も居なくなり、何時しかそんな噂も、消えてなくなって居た。