平凡容姿のハーフエルフ-4
家と木塀の細い隙間を通りぬけると、裏手の小さな庭へ行ける。
ギルベルトはここから抜けて背後にいたのだろう。
庭はギルベルトの書斎に面しており、大きな窓から直接出入りできるようになっている。
通りからは見えない位置なので、エメリナはよく見たこともなかったし、入ったのも今日が初めてだ。
「綺麗……」
思わず呟いた。
手入れされた草木に、大通りでは白く霞んでいた月が、不思議なほど神秘的な光を降り注いでいる。
故郷の田舎でも、月はこれくらい輝いていたのかもしれない。でも当たり前すぎて、こんなに綺麗なことに気づかなかった。
幻想的な景色に見惚れたまま立ち尽くしていると、突然抱き締められた。
「せ、先生?」
「泊まっていけば?鍵は明日探せばいい」
耳元で低く囁かれ、背骨から腰にずくりと震えが走る。
「でも、先生……」
「ギル、だよ。仕事中じゃないんだから」
抱き締める腕が離れ、大きな両手に頬を包み込まれる。
耳の付け根に軽くキスをされた。
「っ!?」
「お酒の匂いがするけど、酔ってる?」
「えっと……少し……ちょっとだけ……」
ぼぅっとしてきた頭で、しどろもどろに答える。
金色を帯びた琥珀の瞳が、エメリナを間近で捕らえていた。
猛獣に肉迫されたように、身体が動かない。
捕食者と獲物。
緩やかな会話をしながら、関係はそれだった。
逃がさないと、捕食者の視線が物語っている。
唇を同じもので塞がれる。
後頭部と背中を、鋼のような手がしっかり押さえているけれど、多分それがなくても逃げられなかっただろう。
口づけは角度を変えるたびに、少しづつ深くなっていく。薄く開いた唇の間から、もぐりこんだ舌に歯列を舐められる。柔らかい口腔粘膜を嬲る水音に、背筋が甘く震えた。
大きく口をあけさせられ、上顎まで舐められる。
絡めて吸い上げられた舌が痺れるころ、やっと長い口づけから開放された。
半開きの口からヒクヒク震える舌を突き出したまま、エメリナはくたりと目の前の男にもたれかかる。
「せんせ……なんか、変……いつもと違……」
「変?自分の好きな女の子が、夜中に無防備に訪ねてきたら、襲いたくなるのは自然じゃないかな?」
「…………すき?」
舌足らずな声で聞き返してしまう。
「ああ。だから自分のものにしたい」
もう一度、唇を塞がれた。口内を蹂躙され、零れた唾液が顎を伝い首筋を流れる。
「ん、ん……」
酸欠とアルコールでジンジンと耳鳴りがする。身体の奥に燃え始めた火が、暑くてたまらない。
身じろぎすると、胸の先端が下着に擦れ、チリリと疼痛が走った。眉を潜め、もどかしい感覚に泣きたくなる。
「逃げないなら、合意と受け取らせてもらうけど」
捕食獣が囁いた。
うなじに近い部分をペロリと舐められる。くすぐったさに、頷くように頭を前後に振ってしまった。
我が意を得たり。というように、ギルベルトがニヤリと笑った。
問答無用で横抱きに抱え上げられ、窓から書斎に入る。
魔法具の棚や古書の山をすり抜け、ギシギシ鳴る階段を昇っていく。
エメリナは確かに小柄だが、まるで羽根も同然だというように軽々と運ぶ。
二階はギルベルトの寝室で、ここにもやはり初めて入った。
エアコンなんて、当然だがこの家にはない。それでも部屋が蒸し風呂にならないのは、小さな机に置かれた拳ほどの魔法石が、わずかながら冷気を発しているからだ。
簡素なベッドに押し倒された瞬間、苦い思い出がエメリナの脳裏をかすめる。
ここで流されたら、また……
「あ、あの、せんせ……でも……」
「エメリナ、大好きだ」
囁きと共に、耳朶を甘く噛まれた。
「っ!!」
背筋を快感がゾクソクと突き抜ける。
今の先生はやっぱり変だし、卑怯だ。
こんな色気のある声で、そんな事を言われたら、逆らえるはずなんかない。