平凡容姿のハーフエルフ-2
まだ実家に住み学校に通っていた十七の頃、一つ年上の先輩に恋をした。
ちょうどギルベルトのような、はっきりした顔立ちの美形で、スポーツも勉強も優秀。おまけに愛嬌があり、気さくで面白い。
彼に恋する女の子は、当然ながら沢山いた。
だから、付き合ってくれと思いがけず言われ、有頂天になってしまったのだ。
そのままキスされ、人気のない場所で身体を求められても、拒否できなかった。
初めての行為は怖かったし、こんな急にじゃなく、もっと時間をかけて欲しいと少し思ったけれど、拒否して嫌われたくなかった。
甘い言葉を囁かれ、されるがまま弄ばれた挙句、数日後にはもう素っ気無く他人扱い。
『顔は月並みだけど、ハーフエルフだから、期待してたのにさぁ』
校舎の脇で、笑いながら友人たちに話しているのを聞いてしまった。
『体もアッチも普通だったし、あれじゃ詐欺だぜ』
フラフラとその場を離れ、ローザに全部打ち明けて大泣きした。
好みの異性と親密になるのが怖くなったのも、母親の美しさに嫉妬するようになったのも、それ以来だ。
更に次の日、学校のロッカーには、ファッション雑誌の切抜きがつっ込まれていた。
(愛されエルフの春コーデ31days)、(エルフも大注目☆激安モテワンピ)、(めさぜエルフ顔❤メイクテク20)……。
『それでも読んで、勉強すればぁ?』
『出来損ないハーフエルフが、いい気になるから』
クスクス笑いながら、聞こえよがしに吐き捨てていったのは、あの男の取り巻き女子たちだった。
(綺麗じゃないだけで、詐欺って……出来損ないって……!!)
切抜きをゴミ箱に投げ捨てた。
(……フン、今さらだっての)
あんた達に指摘されなくても、もう一万回は言われてるよ!!!
これほど辛辣ではなかったが、『これでハーフエルフ?』と、様々な人が、表情で態度で示してくれる。
エルフの美は、人間のそれとまるで次元が違う。
誰しも一瞬で目を奪われ、惹きつけられずにはいられない。しかも一番輝く美貌で身体の時が止まり、それを生涯維持できるという、究極の美。
大部分の人間から見れば、ハーフエルフも半分は血を引いているのだから、美しくて当前というわけだ。
テレビも街角のポスターも、美を磨けとけしかけてくる。「さぁ、これが見本だよ」と、エルフのモデルを展示する。
これが誰からも愛される、究極の美しさだと……。
腹が立ってたまらない。
――皆、綺麗に必死だね!!そんなに愛されたい!?綺麗で愛されるって、そこまで重要!!??
……重要、なのだ。
歯軋りしたいほど悔しい事実だ。
エメリナだって愛されたかった。
可愛いとか綺麗とか、自分の好きな相手に賛美されたかった。
だからこそ、調子と外見のいい男が吐いた嘘の褒め言葉に、舞い上がった。
そしてあっさり裏切られたのだから、救いようがない。
数学や物理の成績で主席をとっても、それがなんだ。
綺麗でないというだけで、自分を丸ごと否定された屈辱……。
エメリナは可愛いし、努力でもっと磨けると、ローザは一生懸命に説いてくれた。
実際、美貌に磨きをかけようと、日々たゆまぬ努力を続けている彼女は、本当に美しい。
それに引き換え、自分はすっかり不貞腐れてしまった。
情けないと、エメリナは自覚している。
でも、もう空しくなってしまったのだ。
「エメリナは十分に可愛いよ。ハーフエルフってだけで、周りにハードル上げられちゃっただけ」
ローザが気遣わしげに言ってくれる。
「人間のあたしが言うのもなんだけど、人間は未だにエルフへ夢をもってるからねぇ。……異種族協定が結ばれたのって、いつだっけ?」
「1895年。フロッケンベルク王都で」
二杯目のビールを飲みながら、エメリナは答える。
森で暮らしていたエルフと、鉱山の地下で暮らしていたドワーフは、人間と違う部分がありながら、非常に似通っていて混血も作れる。
その三種が北国の王都にて共存を宣言し、世界各国で等しい権利を得られるよう定めたのが、異種族協定だ。
それからもう二百年以上も経ち、いまや人間の街で暮らすエルフやドワーフは大勢いる。
だけど、異種族への偏見や固定イメージというのは、こういうちょっとした所で出るものだ。
完全になくすなど不可能だろう。
人間同士でさえ、他国民への偏見を少なからず持っているのだから。
「じゃぁ私、この耳さえなければ、それなりにモテたかも」
中途半端に尖った耳を引っ張ると、ローザが噴出した。
「っは!そうかもね!あははは!!」
「ちょっと〜、笑いすぎ」
冗談まじりに頬をふくらませると、親友は涙を拭きながら頷いた。
「あはっ、でもさ、エメリナは本当に可愛いよ。特に、ギル先生の話をしてる顔!」