機械音痴の考古学者-2
***
「俺、もうエメリナくん無しじゃ生きていけないかも……」
エメリナを抱き締め、青年が感極まった声で囁く。
ハーフエルフの少女は、少し尖った耳まで真っ赤になった。携帯を持つ手が小刻みに震え……。
「先生っ!携帯のロック解除くらいで、大袈裟すぎです!!」
眉を吊り上げ、ぐぎぎっと渾身の力で携帯を持ち主の頬骨に押し付ける。
心の中では、嬉しいのと困ったのとが混ぜこぜになった悲鳴が上がりっぱなしだ。
(ぎゃーっ!!近っ!!近すぎるんですよっ!この、無自覚イケメンがぁぁっ!!)
『挨拶は握手よりお辞儀で』
なんていう東の国じゃあるまいし、イスパニラ国では親しい間柄のハグくらい普通だ。
エメリナだって、普通ならこんなことで動揺なんかしない。
「イテテっ!う〜、本当に感謝してるのに……」
青年は頬をさすりさすり、腕を離した。
エメリナが助手を勤める考古学者、ギルベルト・ラインダース(27)。
ちなみに電子レンジすらロクに使えない、超絶機械音痴である。
その携帯も一番シンプルな製品のはずなのに、『いきなり使えなくなった!!』と週に一回は泣きつかれる。
考古学ならとてつもなく博識だし、その他の分野も優秀な人なのに……。
反して、機械技師である父親の血だろうか、エメリナは機械が好きだ。
パソコンはもちろん、車やレトロな歯車でできたカラクリ時計まで、大抵のものは少し試せば操作もすぐできる。
新聞広告を片手に田舎から尋ねたエメリナが、即採用になったのは、そんな所だろう。
おっかなびっくり携帯を操作している雇い主を、エメリナはこっそり眺める。
ギルベルトは、あまり机の前に張り付いているタイプには見えない。
背は高く、無駄のないひきしまった身体つきだ。顔立ちも体格に相応しく、整っているが線が細くはない。
スーツを着るのはどうしても必要な時くらいで、普段はラフな服装を好んでいる。
暗灰色の髪と琥珀色の瞳をした、どこか剽悍な狼を思わせる人だった。
「じゃ、私は続きを打ち込んじゃいます」
エメリナは自分の机に戻り、パソコンのキーを叩きはじめる。
「ああ。中断させてごめん」
ニコリと、ギルベルトが笑う。
少しだけ見える犬歯のせいか、八つも年上なのに、こういう顔は無邪気な少年のように見える。
扉が閉じた瞬間、こらえきれず机にへばりつき、心の中で思い切り叫んだ。
「〜〜〜〜っ!!!(あぁ〜っ!もうっ!先生っ!何でそんなに可愛いの!?大好き!!)」
足をジタジタしたいのを我慢我慢。
「……はぁ〜……我ながら、感じ悪かったよねぇ……」
ギルベルト先生萌えが一段楽すると、エメリナは飴色をした机に頬をつけ、がっくりと落ち込んだ。
あまり線の細すぎない美形は、エメリナの大好きなタイプである。
だが、同時に苦手でもあった。
『イケメンは離れて影から愛でるべし』
これがエメリナの座右の銘である。
美形というのは、少し離れて楽しむのには最適だ。純粋に堪能できる。
しかし、接触してしまったとたんに、その美は血肉をもつ。
その結果、中身に幻滅したりと、思わぬ悲劇が及ぶことにもなるのだ。
だから、雇用主であれば、あくまで仕事の付き合いだけで接するのが望ましい。
上司と部下。
それ以上でもそれ以下でもない。
それなのに、ギルベルトの外見だけでなく、中身も大好きになってしまったなど、とても困る。
ギルベルトはとくに大学などで教鞭をとってはいない。
たまに論文や本を書くが、それより世界中を巡るレンジャーとして、その道では有名らしい。
大陸各地には、不思議な古代文明の遺跡が点在する。
まだ未発掘の遺跡は、それだけ危険な場所ということだ。
だがその分、素晴らしい魔法道具が入手できることもある。遺跡に向うレンジャーや、発掘依頼をする企業は後をたたない。
他にもレンジャーは依頼を受け、辺境の珍しい品や、入手の難しい薬草を取りに行く事もある。逆に配達することもあるそうだ。
ギルベルトの腕のよさは保証つきで、大手貿易会社バーグレイ・カンパニーにも重宝されているほどだ。