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三枝伊智子の仄めかした通りの山中から、行方不明の靖晴のものと思われる白骨遺体が発見された。
娘の名誉をまもるために、三枝伊智子は二つの尊い命を奪った。
一方の花井香澄は、二人の女性を罠にはめはしたものの、誰の命も奪わなかったのだ。
つまり、香澄の起こした一連の行動は、すべての疑惑の目を自分一人に向けさせるためのものだったわけである。
それから沢田透のバックにある犯罪組織の影は、大上次郎もろとも行方をくらまし、そのネットワークさえも遮断された。
今回もまた、その存在を公にすることができなかったのだ。
「でも、よかったですよ」
晴れ晴れしたふうに五十嵐は言った。
「あの母子のことか?」
と北条が返す。
「あの時はどうなることかと冷や冷やしましたけど、花井香澄が気を失った原因が、多量の鼻炎薬を一度に飲んだことによるものだったなんて。俺、焦っちゃいましたよ」
「俺もだ。もしあれが毒性の強い薬だったとしたら、俺たちは刑事失格だな。どうだ、反省会でもやらないか?」
手でお猪口(ちょこ)を真似る先輩刑事。
「いいっすね!」
後輩刑事の目がかがやいた。
二人は病院の中庭を歩いていた。
これだけ暖かい日がつづけば、相当量の花粉が飛んでいるだろうと北条は思った。
それでもこうやって普通でいられるのは、自分の免疫力が強いのか、もしくは鈍感な構造にできている証拠なのだろう。
くしゅっ、と五十嵐がくしゃみをした。
「まさか、五十嵐も花粉症なのか?」
「こう見えて俺、あちこちで噂になってるんですよね」
「いい噂を聞いたことがないんだがな」
北条の冗談にやり込められ、五十嵐は顔を酸っぱくして笑った。