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果葬 ―かそう―
【その他 官能小説】

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―15―-10

「なかなか働いてくれない主人でしたから、昼も夜も私が勤めをしていました。香澄がまだ小学生の頃です。ある時家に帰ってみると、主人と娘が布団の上で揉み合っていました。酒に酔った主人が娘を犯していたのです……」

 横で話を聞いていた香澄はたまらなくなり、声を枯らしながら席を外した。
 それを追うでもなく伊智子はつづける。

「そんなことが何度かあって、私は役場に相談してみました。その時こそ反省の色を見せていた主人でしたが、私の目の届かないところではやはり乱暴をくり返していたのです。警察に届けることも考えましたけど、逆恨みされるのが恐くてできませんでした……」

 こんな現実があっていいのかと、五十嵐は表情を険しくした。

「日に日に弱っていく娘の身を案じ、私は決心しました。主人は林檎が好きでしたので、それを利用したのです。毎日欠かさず主人に林檎を出しました。あの人は飽きもせずに林檎を食べつづけました。そうしてある日、主人は口から泡を吹いて倒れ、そのまま息絶えました。私が林檎に仕込んだ微量の薬物が、主人の体内で致死量にまで蓄積されたのです。私と香澄の目の前で亡くなったあの人のことを山中に埋めたのも、私です……」

 これまでの積年の思いを吐き出したことで、伊智子の表情からは毒が抜けて見えた。
 そして香澄が戻ってくると、二人して手を取り合った。

 すべて終わったのだ。あとのことは警察に任せればいい。

 そんな空気が迫りつつあった時、突然、香澄の身に異変が起きた。

 膝からくずれ落ちる様子がスローモーションで再生されているように、それは北条らの目にも明らかだった。

 一度は床に手を着いて起き上がる意思を見せるが、それも適わず、白雪姫の如く美しい体を伏せていった。

 五十嵐が香澄の顔色をうかがうと、下を向いた鼻からひとすじの血がつたって落ちた。

 北条はとっさにキッチンへ向かい、ダイニングテーブルの上に真っ赤な林檎を見つける。かじったところがまだ新しい。

 ちっ、と舌打ちしてからの行動に猶予はなく、誰からともなく救急へ通報したり、呼吸や脈拍を確かめたりと、すべてが早足で繰り広げられた。

 けれどもそこに居合わせた誰もが、とてつもない無力感に苛(さいな)まれていただろう。

 血の気の引いた香澄は、ただただ、母の腕の中で無言をまもっていた。


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