―15―-9
「私がしゃべりました。主人には、ほんとうのことをすべて告白しました。そうしたらあの人、悪趣味な嫁だ、子どもの産めない妻なんていらないって、外でよその女性と会うようになったんです。だから……、だから私……」
遠く彼方へ懺悔するように、香澄の声は天に呑まれていった。
北条はこの時、玄関先に人の気配があるのを感じた。
そのことを香澄に悟らせて、彼女を玄関へ向かわせる。
そのあいだに自分は、香澄のした淫らな行為の痕跡を消しておく。
「お母さん……」
という声が間もなく聞こえてきた。香澄のものだ。
北条がそちらに出向くと、五十嵐に付き添われた婦人が目に入った。
花井香澄の母親、三枝伊智子その人だった。
さすがにこの場面では化粧を控えてはいるが、それなりの支度を整えれば十歳は若返りそうな気がした。
母と娘は互いの体を支え合い、涙混じりの言葉をかけながら仏間へ上がる。
二人がそこで泣きくずれると、香澄は、どうして、どうして、とくり返すばかりである。
その背中に北条は言った。
「花井孝生さんを殺害したのは、三枝伊智子さん、あなたですね?」
とうとう迎えたこの瞬間に、三枝伊智子の呻きが大きくなった。
直後に北条のポケットが震える。
「俺だ。……うん、……そうか、……わかった、……ご苦労さま」
携帯電話を仕舞うと、となりの五十嵐が視線を寄越してきた。
「三枝伊智子さんのアパートを捜索したところ、我々の睨んだ通りの物が出てきたそうです。血痕の付着したナイフ。それと黒い傘、黒いウインドブレーカーとズボン、それらにも血液が付着していたとの報告を受けました」
沈む二つの背中に北条が告げた。
向こうで話しましょうかと、五十嵐が皆を促す。
四人がリビングに集うと、三枝伊智子が先に口を開いた。
「悪いことをするのは私一人でじゅうぶんだと、娘に言い聞かせました。あの父親も悪かったんです。一族の血を汚すような行為をするから、香澄もこんなふうに変わってしまって、結局私の手も汚れてしまいました。もうおわかりだとは思いますが、いちばんの被害者はこの子です。どうか救ってやってください。お願いします……」
頭を下げる母親のそばで、香澄は自分の口元をハンカチで覆った。
だいぶ白髪も増えてきたのだと、母の老いを思ってうつむく。
「伊智子さん、あなたの夫である靖晴(やすはる)さん、つまり香澄さんの父親ですが、ずっと行方がわからないままだと我々は聞いています。捜索願は、十年以上も前にあなたが出している。一体どこにおられるんでしょうか。今もどこかで生きているのか、あるいは──」
誘導してくる北条の目が熱を帯びていることに伊智子は気づいた。香澄が袖にしがみついてくる。
黙秘は無意味だと自覚し、その痩せた唇を動かした。