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沢田透から聞き出したいくつかのことを北条は反芻してみた。
花井香澄が実父に貞操を汚されたことについては、児童養護施設の職員の口からすでに知らされている。
注目すべき点は、花井香澄の腹部に残るという赤い痣のことだ。
ふしだらな父親から受けた淫行の痕が、皮膚の深くにまで入り込んでしまったのだろうか。
そういう意味では身体的にも精神的にも、花井香澄の抱えている傷は生涯消えることがないのだ。
それから通信販売の話と、花粉アレルギーの部分も加味しなくてはならない。
今の段階では一つ一つのキーワードがばらばらのように思えるが、これらをひっくるめて束ねてしまうほどの真相が、必ずどこかに潜んでいるに違いない。
北条は得体の知れない武者震いのようなものをおぼえた。
「北条さん」
沢田は刑事の名を呼んだ。
北条は片方の眉を上げて聞き耳を立てる。
「ほら、神楽町の通り魔事件の現場付近で犯人らしき人物を目撃したっていう女性、一人だけいましたよね?」
「彼女がどうかしたのか?」
「名前は月島才子。確か銀行員でしたっけ」
まさか、と北条の勘がはたらいた。
「君らの組織が関与しているのか?」
「青峰由香里の時と同様、匿名で密告がありました。言われた通りのバーへ大上さんと二人で潜入してみたんですが、ほんのわずかな隙に彼女を取り逃がしてしまったというわけです。まあ、その後すぐに身柄を確保して、今頃はクライアントの手に渡っているはずですけどね」
なるほどそういうことか──北条は納得した。
花井孝生の殺害現場を見られたかもしれないと思い込んだ犯人が、月島才子の口封じのために監禁レイプを依頼したのだとしたら、彼女が見たという『黒い服に黒い傘』の人物こそが真犯人ということになる。
まず、月島才子を買った人物の居所を突き止めねばならないと、北条が腹を据えた時だった。
「俺を使ってください」
考えがあるのだと沢田が名乗りをあげた。
「下っ端の俺には客の顔も名前も知らされてませんけど、それとなく大上さんから聞き出せるかもしれない」
香澄の役に立ちたいという思いが、沢田のその表情から汲み取れた。
ここはひとつ、沢田のコネクションを信用してみようということで、刑事らは合意の視線を交わした。
「最後に確認したいことがある」
その台詞を言った北条の目が、沢田の眼球を捉えている。
「花井香澄の両親の所在について、彼女自身からは何も聞かされていないのか?」
「聞きましたよ。父親と母親を早くに亡くしている上に旦那まで失ってしまって、今はどこにも頼るところがないんだって、確かにそう漏らしていましたね」
「やはりそうか。わかった。君の今言ったことが、今後の捜査の展開を大きく左右するかもしれない」
北条は大げさに熱くしゃべり、デスクのへこんだ部分をこつこつと人差し指で小突いた。