―3―-1
「リーチ!」
何度となく聞いたその声に、場の空気はすっかりあきらめムードに変わっていた。
「またかよ、お姉さんには適わないなあ」
「ビギナーズラックもここまでくると実力に思えてくるぜ」
「そのリーチ、ちょっとだけ待ってもらえないかな?」
そうやって面子の男らの弱音が一巡すると、
「麻雀って、思ってたよりも簡単なんですね」
青峰由香里(あおみねゆかり)はピンク色の舌先をぺろっとのぞかせた。
はじめのうちこそ七対子(チートイツ)あたりの比較的あがりやすい役ばかりを手持ちにしていたが、そのうちに跳満や倍満を連発するようになり、ついには役満まで披露してみせたのだ。
由香里にしてみれば、これで面白くないわけがない。
この雀荘に足を運んだのは今日で二度目だった。
たまたま知り合った主婦と世間話をしているうちに、お互いの育児のことや、旦那に対する愚痴などで馬が合い、ため込んだ日頃のストレスを大いに発散したのだ。
「もっと楽しいストレス解消法があるんだけど」
そう言ったのは相手の主婦のほうだった。
どういうものかと訊いてみれば、うまくいけば小遣い稼ぎもできるということで、由香里はなにも考えずに勢いだけで話に乗ったのだ。
まだまだ手のかかる子どもは一時保育へあずけて、家の金を勝手に持ち出し、その主婦と二人して麻雀に浸った。
どうせ勝てないだろうと予想していた通り、その日の成績は散々なものだった。
それでも局の中盤ぐらいのいっとき、由香里が有利になる場面もあったりして、自分の知らない世界を垣間見れたことに興奮とスリルをおぼえていた。
そして今日、由香里はたった一人でこの雀荘を訪れ、前回のリベンジを果たすべく手に汗握っているのだった。
しかし先ほどの由香里のリーチ告知の直後から、面子の誰もが口々にする台詞の語尾に、どこかきな臭いものが混じっているような気がしていた。
不穏な気配を秘めたまま、東、南、西の男らがそれぞれの牌を切り終えて、いよいよ由香里のツモる番になった。
由香里が流れを呼び寄せているのは間違いなかった。
牌の山から一枚だけ取り、手首を返して、由香里はあからさまにがっかりしてみせた。
そして面子の三人が注目する中、
「ツモ!」
勝利を宣言して目をかがやかせる由香里。たちまちギャラリーが沸く。
さっきは、少し調子に乗って演技をしてみせたのだ。
「また勝っちゃった。あたし、今日はすごく調子がいいみたい」
由香里は胸の前で小さく手を打った。
たった一人の女相手に、大の男が三人ともに負け越しを食らっている。
今日は久しぶりに家族で外食に出かけられそうだと、由香里はそんな淡い幸せに酔いしれていた。