痴漢専用車両の真実-2
マスターは車両の前方の扉から乗車すると、車両の中は既に他の乗客が乗っていた。もちろんそれらの乗客はプレイヤー達だ。痴漢する者達にとっては適度な込み具合だと言えた。
マスターが扉から数歩入った位置で吊革に掴んだので、恵里香と悦子はその直ぐ後ろに立った。
扉が閉まり、電車はスムーズに発車した。そんなに揺れが無かったにも係らず、恵里香はワザとよろめいてマスターにもたれかかった。
そんな娘を見て悦子はほくそ笑んだ。
(積極的だこと)
しかし、恵里香は直ぐに次の行動には出なかった。理紗との事前の打ち合わせで、発車後5分経過してから始めることにしていたのだ。直ぐに始めると不自然過ぎるという理紗の意見を飲んだのだ。
しばらくして、悦子が腕時計を見て恵里香に目配せした。5分が経過したのだ。
恵里香は電車が揺れて居ないにも係らず、体を揺らして尻をマスターの股間にくっつけた。
「ちょっと止めて下さい!」
恵里香は振り向いて、後ろに居るマスターに向かって叫んだ。
悦子はその横で笑いを噛み殺すのに苦労した。
「どうしたんですか。突然叫んで」
マスターが落ち着いた声で恵里香に声をかけた。そんなマスターを無視し、恵里香は周りの乗客に向かって言った。
「この人痴漢です。あたしのお尻をさっきから触ってくるんです」
「痴漢ですってえ?ウチの娘に何をするのよ!どなたかこの痴漢を車掌さんのところに突きだしてもらえませんか?」
(これでこの男もお仕舞いだ)
悦子は心の中で楽しそうにつぶやいた。
普通の電車の中でこんな騒ぎが有ったら、周りの乗客達に有無を言わさずに痴漢は取り押さえられるだろう。しかし、2人の女が期待したようなことはこの車両の中では起きなかった。
「私が痴漢ですって?誤解ですね。全く触ってないんですから」
「な、何を言うのよ!盗人猛々しいわね」
恵里香がヒステリックに叫んだ。
「冤罪ですね。それ以上騒ぐと面倒なことになりますよ」
マスターが目を細めて汚物を見るような眼を恵里香に向けた。
「この男の人の言うとおりですよ。私は見ていましたがこの人は全然そんなことして無かったですよ。反対に貴女が尻を振って、この人の股間にお尻を押し付けて、ニヤニヤしてたじゃないですか」
1人の男がマスターを庇う発言をした。もちろんその男は助手の手島雄一だ。
「そんな訳ないでしょ!そうか貴方も共犯ね。そうでしょ!そう言えば2人がかりで触られてたわ」
「そうよそうよ、あたしも見ていたわ。2人がかりで娘を触っていたのよ。皆さん、私達はか弱い女です。どうか助けて下さい」
恵里香の情勢が悪くなってきたので、悦子が助け船を出した。
しかし、そんな2人に対する反応は失笑でしか無かった。
「か弱いだってよ」
「し、信じなさい!あたし達は被害者なのよ!弱い立場なのよ!早く誰か車掌を連れて来なさい!」
周りの失笑に焦りだした恵里香が、いつもの癖を出して周りに命令をしだした。
「『信じなさい』って言ったって、あんたら人相悪いし、信用できそうにないけど」
「あたしたちの言うことが信用できないの!地元ではあたしたちは信用があるのよ。こんな痴漢とあたしたちとどちらの社会的地位が高いかあなた達にはわからないの!」
悦子も輪を掛けて自分達の社会的な立場を出してまで正当性をアピールしだした。
するとヒステリックに叫ぶ悦子の横に1人の男が立った。
「いい加減にしたらどうですか。凄くみっともないですよ」
さっき理紗の股間を蹂躙していた男だ。その男を見て悦子の目が見開かれた。
「お、お前は!なんでお前がここに居るんだ!」
悦子の驚きの声を上げた。
「こ、浩司!どうして?」
恵里香は母親以上に驚いた。
「り、理紗は、理紗はどこに居るのよ?一体これはどう言うことなのよ!」
ようやく何かがおかしいと気づいた恵里香は、ここに自分達を導いた理紗を呼ぶためにヒステリックに叫んだ。
その叫びに理紗は悲鳴で応えた。
「いやあああああああ!もう、許してえええええええ!」
男はその理紗の効果的な悲鳴に、今日初めての笑みを浮かべた。