猫-1
「俺」は比較的大きめな公園をぶらりとしていた。
特にやることもない。
昼間なので、昼食をとっている家族や、カップルなどもチラホラと見かけた。
その様々な顔を見やり、人とすれ違うたびに、俺は思わずため息を付いた。
「いい女はいないな。」
よくある裸の女性の噴水の前で足を止め、近くのベンチに座る。
群がっていたハトが散り散りになって飛び去る。
そして噴水を見て思わず一言つぶやいた。
「濡れてるな。」
自分で言って寒さを感じたものの、周囲には聞こえないように、あえて笑った。
我ながら馬鹿げたことをしているとは感じた。
「ニャーン」
そこに一匹の猫が、俺の足元へと寄ってくる。
明らかに甘えた声で俺に何かを要求している。
餌をもらえると思っているのだろう。
俺は猫は好きでも嫌いでもないが、どうにもまとわりつかれると俺は動けない。
「俺は餌は持ってないぞ。残念だが。」
そこにゆっくりと歩いてくる女が一人。
腕には2匹猫を抱いている。
見た目は20代後半くらいだろうかと思うが、正直今のご時世、年齢が見た目どおりの人間のほうが珍しい。
肌はかなり綺麗で色白。
お洒落に気を使うタイプでない。ジーンズにシャツだ。
髪は珍しいほど黒髪、後ろで束ねている。
背はやや低めか。
シャツから覗くふくらみ、どうやら胸はない。
俺は瞬時に多くの情報を得る。女を見る癖だ。
「・・・。」
こいつが飼い主か?むすりとした表情をあえて浮かべた俺は、女を見つめた。
怪訝に女を見つめる俺に、ようやく口を開いた。
「あー、いたいたー、ミケー、こんなとこにいたのー?」
予想に反して、俺を無視し、足元の猫へと話しかけた。
俺が目に入っていないのか?顔を思いっきり睨んでやったが、まったく動じる気配はない。
「・・・?」
なんでそんな顔をしているのか、とそういった表情でこちらを見た。
ここまで鈍感だとかえって興味を引かれる。俺は聞いた。
「あんたの名前は?」
「りえ。さどうりえ。」
「さとう、じゃないのか」
「うん、さどう。」
「どんな字だ。」
「普通の『佐藤』で"さどう"だよ。りえも"ことわり"と"めぐみ"で『理恵』」
珍しい苗字だ。
どうも口調を聞く限り、見た目ほど大人ではないらしい。
嘘は言っていないだろう。だが初対面の人間に対して無防備すぎる。
「あんたが主人じゃなくて猫のほうが主人みたいだな。」
あえて皮肉を言った。飼い猫ならばなお更、この俺に失礼だろう、そう感じたのだ。
「え?そうかな?・・・そう思ってるのかな?どうしよう。」
皮肉を真面目に捉える女、理恵。
天然すぎて真面目に相手ができないということに俺はようやく気づいた。
どうしたものか。割と顔を見合わせて沈黙していたような気がする。
何を思ったか俺は不意にこんなことを言った。
「あんた可愛い顔してるな。」
「え・・・?」
ただ一言言っただけだった。
不意な一言ではあったが、この女の性格なら別段間に受けることはないだろう、そう思ったんだろうと思う。ただ、予想外の反応だった。
理恵は、顔を真っ赤にしていた。肌が色白なぶん、顔が真っ赤にしたのが良く分かる。
恥らっている。
「あんたって、純粋なんだな。」
そう言って、俺は散歩へと戻ろうと立ち上がる。
「あ・・・。」
どこか名残惜しそうにこちらを見る理恵を無視し、俺は歩いていく。
ただの天然、ただのいい人。よくいるタイプだ。
そして俺が苦手なタイプ。『欲望』がどこにあるのか分かっていない。
「・・・。」
足早に公園を出る。
どこか怒りのような、やりきれないものを感じた俺は、この日のことを忘れようと努めた。