恋人の死-1
「いいか、アキラ、最悪の知らせだ。落ち付いて聞くんだ。達也が殺された…」
京都を旅行中だったアキラは、捜査課長の電話で、急遽残り2日の日程を取りやめ帰宅の途についた。
“どうして!どうして、死んでしまったの達也!”
あんなに元気だった達也が、今はもうすでに死んでしまっているという事実が、受け入れられない。
アキラは新幹線の中で流れてゆく景色をうつろな目で追いながら達也との出合いを思いうかべていた。
厚生省麻薬取締り官、港湾地区に達也が赴任してきたのは、4月のことだった。
三十路になったアキラより5つ年上の達也は、朝黒い肌をした快活な男だった。
国家公務員ではあるが、麻薬取締官は非情に危険な仕事であり、拳銃の所持も認められているほどだ。
通称麻薬Gメン。
おとり、潜入捜査も行われ、警察とは一線を画している。
その仕事の性質上、男女の隔たり無く、時には仲間同士激しく遣り合うことも少なくない。
アキラもよく同僚とぶつかることが多かった。
そんな時、仲介役として達也が中にはいり、時にはアキラをたしなめてくれた。
達也は捜査のヨミや進め方にも、キレがあり仲間からの信頼も徐々に高くなっていった。
ある時、張り込みの位置確認を図に書いて、アキラが説明していた。
「きれいな手をしているね。細くてまっすぐな指だ。それに爪がとても整っている」
手元を見ていた達也が、いきなりそう言った。
普段は、女を封印し、ボリームのある胸もスーツで押さえつけ隠していたが、達也の言葉に顔が真っ赤になり、急に恥ずかしくなり手を隠してしまった。
ミスを犯し、捜査課長から叱責を受けたアキラを元気付けようと飲みに誘ってくれた達也は、薄く化粧したアキラを見ておどけながら、こう言った。
「女は化粧で化けるというけど、本当だな。驚いたな。アキラがこんな可愛い娘だったとはね」
スーツを脱いでブラウス姿のアキラは、胸ばかりか、締まったウエストから広がる形のよいヒップも強調されていた。
顔を伏せた時の長いまつ毛。笑うと可愛い大きめの口から綺麗な歯がのぞいた。
その夜、アキラと達也は男女の中になった。
二人が付き合い始めたことは、それとなく仲間に伝わった。
最近では冷やかされることも多くなってきた。
梅雨にはいり、アキラは仕事に打ち込み過ぎて心労がたたり、体を壊した。
達也はそんなアキラを無理やり一週間の旅行に送り出したのだ。
旅行出発前日、達也は闊達にしゃべっていた。行き詰まった捜査に進展が加えられると。
何かの情報を掴んだのか、新たな物証を見つけたのか、一切口にはしなかった。
「アキラが旅行から帰ってきた頃には、ヤマは大きく進展しているぞ。だから、安心して旅行を楽しんでこい。仕事のことなんか忘れてな」
快活に笑い、優しくアキラを抱いてくれた。
あんなに元気だった達也が今はいない。
一刻も早く達也と対面したかった。
遺体は、港に浮いていたという。
殺害されて、すぐに見つかった為、腐乱はみられない。つまり、隠そうという意思はなく、むしろ、そのむごたらしい状況から、見せしめの意味合いが強そうだ。
陰部が切り取られ、口の中に押し込まれていた。
口の上からワイヤが何重にも巻かれ、口から肉塊が落ちないようにされていた。
手は後ろ手に縛られ、波間にただよっていたという。
死んだ魚が餌を咥えているように見える遺体。
たちの悪い、グロテスクな作り物みたいだ。
“達也じゃない。これは達也じゃない!”
「溺死が失血死か、これから検死が行われる」
捜査課長の声で、我に返ったアキラは、悲しみと怒りに泣き崩れた。