〜吟遊詩(第三部†地図番号1750Z160・交錯される真実と虚像†)〜-3
(ちっ…“ローカス”かよ。あれは面倒なんだよな…)
サーペントはため息をつき、七色に光る鱗を剥がした。ミノアールは驚くばかりで口がきけず、座り込んでいる。
サーペントが剥がした鱗に、鍵を創ったときと同じように自分の涎を垂らす。すると鱗は弾けるようにポンッと音をたて、一瞬のうちに中に浮いた。浮いた鱗はタンポポの綿毛のように丸くなり蒼く光っている。
自分より幾分高い位置にあるそれをサースペントは仰ぎ見た。そして目を瞑り心の中で唱える……
(ローカス…━━)
言葉に反応するかのように蒼い光が一度瞬いた。
(波動の258…━━)
少しの時間と沈黙。
視界が真っ白になるくらい光が大きくなり、サーペントは目を開ける。
(戒……━━!!!)
光が収まるころ、タンポポの綿毛のような形で光っていたものは黒く『戒』という文字に形が変わり、下に小さく『258』の数字がついていた。
【ローカス完了。サーペント、ごくろーさま☆】
アダムの声は中に浮いている『戒』の辺りから聞こえ、反響もなくさっきより聞こえやすくなった。
「し、社長??」
ミノアールがやっと声を発する。
【ミノアール、驚かせて悪かった。次は君のブレッドの番だよ。行く前に渡した箱をあけて?】
「あっ…はい」
ミノアールは言われるがまま、アダムから渡されていた小さな箱を取りだして開けた。ミノアールの手によって取り出された物は、
「砂時計?」
何の変わりもない砂時計だった。
【うん。それをその燃えた跡の近くに置いて。そしたら燃やされる前まで時間戻してみてくれる?】
アダムがそう言うのを聞くと、ミノアールは頷きながら焼け跡の灰を触った。
「……戻す時間は半月以上前のようですね」
ミノアールは誰に言うわけでもなくそう呟いた。集中するように深呼吸をすると、黒いクズの上で円を描くように指を振う。
「リバース…廻20」
ミノアールが空を切った円は白い実線となって現れ、黒い焼け跡を包んでいく。伴って、横に置かれた砂時計が逆流し始めた。砂が上から下に落ちるのではなく、下から上に…。
黒いクズは焼かれる前の姿に再生されようと、虫が這うようにうごめきだした。焼け焦げていた黒色は薄れ、茶色になる。さらに茶色は白に…。息を吹きかけただけで崩れそうだったその質は徐々に上等な紙に姿を変え、完全に元の形を取り返した。
「……っはぁー」
ミノアールが肩で息をする。テーブルの上のる馬鹿でかい本。
何を隠そう、この本こそがユノが出かける前に燃やし、道しるべとなった本であった。
となりの砂時計はちょうど2分の1くらいの砂が上に吸い上げられた所で止まっていた。
不思議そうに取り上げる。
しかし砂は落ちるどころかビクともしない。
【ミノアールが戻した時間を半永久的に止めておけるんだよ】
ミノアール達の姿が見えているわけはないのにアダムは砂時計についてそう説明した。
アダムの優しく笑った顔が想像できる。
ミノアールは暫くの間息をきらして早い呼吸を続けていた。
《ブラインド・チェリー総本部》
━━ペラッ…ペラッ━
ここ3時間ほど規則正しく繰り返されている本をめくる音。
━━『ブック=オブ=カオス』━━━
背表紙に金色で書かれていた。もうなん百年も昔に滅んでしまった文字。
セナ、ユノの教会からミノアールとサーペントが持ち帰った本だった。
「こんな偽りだらけの本のために俺はパシられたのかよ…」
サーペントが機嫌悪そうに部屋の角で丸くなっている。そんなボヤキにもアダムは顔をあげようとせず、本の文字を追いつづけていた。サーペントは無駄と分かっても尚も文句を続けた。