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THANK YOU !! ver. distance love
【純愛 恋愛小説】

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THANK YOU!!-5



一時間くらい、場所を移動せずにただガードレールに寄りかかって世間話。
といってもほとんど瑞稀が聞き手に回って、拓斗の近況や大会の出場状況を聞いていた。
勿論拓斗が訪ねようともするが、今の瑞稀にとってはそれはなるべく避けたかった。
下手な事を聞かれて、今の余裕がない中で答えてしまうと恐らくボロを出してしまう可能性が高い。
そう考えて、瑞稀はあえて聞き手に回っていた。
もとより自分が話すよりも日本に居る拓斗の話を聞きたいという気持ちも強い。

「ま、大学ではそんな感じだな」
「へぇ・・!すっごく楽しそうだね!行ってみたかったな」

高校を中退した瑞稀にとっては、大学なんて縁もゆかりもない。本来なら拓斗や周りと同じように大学受験を受けて、大学に通っている頃だろう。それを瑞稀は海外のオーケストラに入る為に、日本での生活を捨てた。勿論大学で学ぶ事に憧れていないわけでない瑞稀は拓斗たちが羨ましい気持ちもあった。だけど、今のこの生活も気に入っている瑞稀にそれ以上の強い気持ちはなかった。

「瑞稀が大学生か・・。何を学ぶんだろうな」
「・・うーん・・やっぱり、音楽・・かな」
「俺もそれしか思いつかないな」
「だよね」

大学のキャンパスで学ぶ自分。
想像してみるが、やはり音楽関連の授業しか受けていなそうだ。やっぱり自分の選択した道はこれでよかったのだと改めて実感する。

「(・・・自分が、選択した道)」

繰り返し呟く言葉。それは道を決めて進んだ今だからこそ言える言葉。
ならばいつか同じように言えるのだろうか。
今、こんなにも自分が不安定で、自分の奏でる音に向き合えない、この状況を。
いつか、間違っていなかったと。
そんないつ来るか分からない先の為に今やれることを全て棒に振ってしまうのか。
昨日の・・コンサートのように。

昨日の失敗を思い出した瑞稀の顔から、笑顔が消えた。突然の出来事に、拓斗は驚いた。瑞稀の顔を覗き込む。

「瑞稀?大丈夫か?」
「あ・・うん、ゴメン、大丈夫」
「そうか?やっぱり、身体とか辛いんじゃないのか?」

自分を優しくいたわってくれるこの優しさが、泣くほど嬉しい。だけど心配はかけたくないし、昨日の失敗を知られたくなかった瑞稀は、「大丈夫だよ!」と元気な声を出した。

「それより、拓斗。今度はいつ大会に出るの?こっちでも最近話題になるから気になってるんだ」
「あ、あぁ・・次はさ・・」

釈然としないながらも、瑞稀の強引な話題転換に拓斗は何も言わずに答えた。
深く追求しない拓斗に瑞稀は心から安堵した。意識を、拓斗に向ける。

「世界で戦えるんだ、今からワクワクしてる」
「世界かぁ!すごいなぁ・・!拓斗がずっと目標にしてたもんね!」
「おう!まぁ、まだオリンピックじゃないけど大事な試合だからな。自分の実力がどこまで通用するか知るには良い機会だし!」
「うん、結果、楽しみにしてる!」

拓斗が世界大会に出れるのは素直に嬉しい。話を聞いている瑞稀まで胸を躍らせる感覚に陥る。

「(ずっと頑張ってきたんだもん。拓斗なら、きっと大丈夫)」

そう言える自信がある。でも、言わない。余計なプレッシャーをかけたくないから。
ただ、自分は待っていようと思う。拓斗がどこまで行けたのか、それを教えてくれるまで。先程のモヤモヤしていたことも忘れ、瑞稀は拓斗を優しい表情で見つめていた。
それに気付いたのか、拓斗は少し照れくさそうに、

「そうだ、俺、ご褒美とか貰えたら頑張れると思うんだけど」
「・・・へ?」
「だから、ご褒美。」

じっと、見られる。
突然の提案に瑞稀は言葉を失った。つまり、拓斗が優勝出来るように瑞稀が何かして欲しいって言ってるんだろう。そんな恋人なら在り来りな展開も、瑞稀には全く免疫無し。

「・・・ハンバーガー、一個おごり・・?」
「なんでだよ。」
「やっぱりダメか・・」

いつもの仲間たちとのやり取りを必死に思い出して、出てきた提案が即座に切り捨てられた。予想範疇ではあったが。他に思いつかない瑞稀に、拓斗は笑った。

「じゃあ、さ」
「?」

そこで、言葉を切った拓斗。その表情が真剣そのもので、瑞稀は何を言われるんだろうと少し身構える。

「・・お前」
「・・・・なに?」

絞り出すような声と、名詞でしかない自分の名前を告げられて、瑞稀は思わず聞き返してしまった。暫く瑞稀をじっと見ていたが、意味が分かってないと分かった拓斗は深いため息をついた。

「だぁから!ご褒美、瑞稀が欲しいって言ってんだよ!分かれバカ」
「な、バカって何!大体分かりにく・・」

文句を言おうとして、言葉を切った。拓斗の言葉を理解すると、次第に顔が赤くなった。金魚のように口をパクパクさせ、オーバーヒート寸前の頭から必死に言葉を探す。
今、自分が何を言われたか。それが分からない程、もう子供じゃない。

「・・良いか?」

いつもなら、瑞稀が断るという選択肢も入れてダメ前提で聞いてくる拓斗が今回はそれをしない。多分、それだけ本気。その真っ直ぐな気持ちに、瑞稀は恥ずかしく思いながらも、ただ頷いた。

「!・・絶対、優勝するから、待ってて」
「・・うん。」

嬉しそうな顔をした拓斗を見て、ますます赤くなる瑞稀は顔を上げられなかった。
でも、後悔はない。強い覚悟があるわけでもない。それでも、拓斗の真っ直ぐな想いと同じ想いを自分も心のどこかで持っていたのかもしれない。少なくとも、自分が求められていて、凄く嬉しかったのだから。

この想いと約束を果たす為に、瑞稀は昨日のコンサートのリベンジをしようと心に決めた。

「(もっと相応しくならなくちゃ・・。)」

拓斗の為に。自分が、拓斗に受け入れてもらえるように。



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