THANK YOU!!-4
慌てて、薬指で回して、息を吹き込んでみる。
今度は瑞稀の息を拒まず、トランペットの奥まで通った。
ここまでの数秒に、どうやら観客は気づいていないようだ。
一安心して、次のフレーズから音を奏でた。
「(・・・なんで・・)」
演奏していても、頭にあるのはそのことばかり。
ゲネプロを終えてからの自分を振り返ってみても、特別トランペットをいじった覚えがなかった。
どれだけ考えても、原因が分からない瑞稀はとりあえず演奏に集中しようと、楽譜を左手でめくった。
左手を見た時、不意に頭によぎった。
「(・・私、さっき・・右手の震えを止めようとして・・)」
瑞稀に、雷に打たれたような衝撃が走った。
そう。瑞稀が言っているのは、舞台直前の控え室内でのこと。
先程、手が震えていた瑞稀は、なんとか押さえ込もうとして、軽い指の体操を行なった。
トランペットを持った状態で。
恐らく、その時。ピストンに指がかかってしまい、回ってしまったんだろう。
「(・・・・最悪・・。)」
心の中で、呟いた悔しさ。
その悔しさを引きずった瑞稀は結局、最後まで演奏に集中出来なかった。
*****
『瑞稀。そんなに落ち込まないで』
『そうよ、良くあることだもの。』
「・・・・」
演奏を終え、控え室に戻ってきてから、瑞稀は一言も口から発しなかった。
それを見かねた仲間たちが気遣って、声をかける。
コンサートが終わって、観客がホールから居なくなった頃。
ボスから収集がかかり、大人数用の控え室に楽団員全員が集まっていた。
そんな時でも、瑞稀は一言も発せられず、ただうつむいていた。
仲間が全員いる事を確認したボスから、まずはコンサートの激励がされる。そのあとは各パートごとに修正や反省点を述べていく。
反省点だけは。と瑞稀顔をあげて、聞いていた。が、せっかく聞いているのに、右から左へ流れていくように他人事のような聞き方をしていた。
そして、ついに、
『そして、一番反省すべきは、ミズキ。わかっているね』
「・・・」
自分の名前が出た瞬間、瑞稀はボスへと視線を向けた。
その視線は弱々しいものだったようで、傍にいた仲間が瑞稀を庇った。
『ボス!今回はピストンが回ったから・・』
『何故回ったのだ?』
『・・・それは・・』
ボスからの冷たい声に、仲間は何も言えなくなった。
それを見た瑞稀は慌てて、『ゴメン、大丈夫』とだけ言った。それから瑞稀は立ち上がると頭を下げた。
『スイマセンでした。』
『・・・ミズキ、君は最近集中が出来ていないようだが』
『・・・はい』
痛いところをつかれ、瑞稀は返事しか出来ない。
『もう少し、真剣味を持って欲しい。キミはプロだ。世界に名を馳せる、トランペット奏者なんだ』
『・・・はい。スミマセンでした』
もう一度、深く頭を下げる。
頭を鈍器で殴られるというのは、こういう事なんだろうか。
ボスの言葉が、心に深く、刺のように突き刺さってなかなか消えなかった。
次の日の夕方。
瑞稀は仲間が滞在するホテルからバスに乗って、地元の街に来ていた。
時間が長く貰えた訳ではないので、遠出という約束にはならずにただ会うだけになってしまった。
「・・あ」
バスから降りて、少し歩いた先。懐かしい母校である小学校の校門前で、最愛の人が待っていた。
「瑞稀!」
「拓斗」
傍まで駆け寄ると、拓斗に強く抱きしめられた。
久しぶりの温もりに安堵していたが、さすがに小学校の校門前。少なからず人目は子供から大人まである。
急に恥ずかしくなって、瑞稀は拓斗の背中を叩いた。
「ちょ、拓斗、ここ、外だから!」
「いいだろ、これくらい」
「人、人見てるって!」
自分たちに向けられる微笑ましい視線に耐えられなくなった瑞稀は割と本気で暴れ始めた。
そんな恋人の様子に、拓斗は苦笑しながらもゆっくり離した。
真っ赤な顔でほっと安心している瑞稀を見て、拓斗はTVで見たような無表情はしていないことに安心していた。
「えっと・・久しぶり。拓斗」
「ん、久しぶり。日本語、大丈夫か?」
「うん、多分。ちょっと危ういかもしれないけど、見逃してね」
からかうように、瑞稀は笑ってみせた。
拓斗にだけは、昨日のことは知られたくない。
もし、コンサートに来ていて、気付いたり分かったのなら、聞かれれば答えるつもりではいたが、昨日の夜に来たメールではコンサートに来ていなかったことが分かった。
カッコ悪いところを見せなくて済んだ事を心から安心して、今日の約束を取り付けられた。
出来れば、この引きつった笑顔も気づいてくれない事を願っている。
瑞稀は内心、心臓が早く脈打っていた。