光明-1
「お願いです。あなたしか、頼る人がいないんです!」みゆきは、必死で懇願した。
あの日、男達が帰ったあとに、一冊の小さな手帳が落ちているのを発見した。
男の書いたものと思われる字で、小さな文字で名前と電話番号が書かれていた。その中に“滝本”の文字を見つけた。
男と一緒に現れた、あの筋肉質な男に間違いないだろう。
みゆきは、男に対して、恐怖を感じるようになっていた。
一時は、男の調教により“M”に溺れたが、あの男の調教は、そんな生易しいものではないことが解った。
無理やり肉体に刺激を加え、女を昇天させ、精神的にも肉体的にも打撃を加えることに、大きな喜びを感じているに違いなかった。
みゆきが、恥辱に顔を歪める姿、極限に達し苦痛と快楽に歪む姿を見て興奮するサディストであった。
みゆきのような“ソフトなM”が太刀打ちできるような人間では、ないのだ。
しかも、商品としてサディストどもに、提供するつもりでいるらしい。
みゆきは、あの男を見くびっていた自分を後悔していた。
このままでは、とんでもない事になってしまう……。
どうすれば良いのか。
みゆきは、後悔と恐怖に追い詰められ、涙を流した。
手帳に“滝本”の名前を発見したとき、一条の光を見つけた心境であった。
あの無表情な大男なら、この状況を打破してくれるかもしれない。
頼れる人間は、彼しかいないような予感がした。
翌日の朝、みゆきは、思い切って滝本の番号に電話をかけた。
「奥さん、一体どうして……」
明らかに困惑した声で滝本が答えた。
勢いこんで、早口で説明するみゆきの言葉が、ときどき聞き取れないのか、何度も聞き反した。
「夫にも相談できないし、今頼れるのは、あなただけなんです! 私、このまま生きていくことなんか、できない。もし、あなたが、私を助けてくれないのなら、死にます。あの男に嬲られながら、生きていく事なんか絶対にイヤっ!」
「……」
「滝本さん、聞いている?」
「そんな事、急にいわれても……。私には、何もお答えすることができませんよ」
みゆきは、電話口で泣き出した。
「解りました。死ぬしかないのね……」そのまま、電話を切った。
滝本の運転する車の中で、みゆきは少女のように泣きじゃくっていた。
自宅で首を吊って死のうとしたが、死にきれずに泣いているところに滝本が、やって来たのだった。
玄関でみゆきは滝本に抱きついて、ただ泣いていた。
「馬鹿なことを考えるな」
「救ってくれるの?」
「そんなこと、できない」
「じゃあ、死ぬ!」滝本は、深いため息をついた。
「一人にしておけんな……」
ひとしきり泣いて、みゆきは、ようやく落ち着いてきた。
「このまま、家には帰りたくない」みゆきが、ポツリと言った。
滝本は無言だった。
「滝本さん、抱いて。私、あの家には、もう、戻れない」
「そんな訳には、いかない」
「それじゃあ、お願い」
滝本は、運転しながら、三年前の事を思い出していた。
三年前。
滝本は、無名の駆け出しのプロレスラーだった。
だが、膝の大怪我を負い、プロレスラーを断念せざるをえなくなった。
その虚無感から、酒と女に溺れた。
生活は荒廃し、金銭目的に、金持ちの観客相手の女とプロレスをするエログロショーに出演した。
そんな時、“男”と出会って、仕事を手伝うようになっていった。
男は、ショーの興行にかかわる一方、専属の女を何人か抱え、客の性癖に応じた女を手配していた。
男自体が、かなりサディスティックな性格であることは、徐々に解っていった。
時々、専属の女を自宅に連れ込んでいることも知っていた。
ある日、男から、至急来てほしい、と連絡があった。
男の家に行くと、見慣れた専属の女が、裸のまま、大声で騒いでいた。エリと呼ばれていた女だ。口から唾液を流し、目が焦点が合っておらず、とても尋常な姿ではなかった。
「責め過ぎた」男は狼狽しながら言った。
エリが無断で客を取ったことに腹を立て、サディスティックなプレーで責め立てたらしい。
二人で、暴れる女に服を着せて、車に連れ込み、都会から離れた山中で、人目が無いのを確認して車から降ろした。
男から、幾ばくかの金を渡された。