一死、報いる-2
『あいつわざわざ殺すのに目立つやり方してしかもドジ踏んだんだぜ、カッコ悪いよなぁ』
『えーマジで?あの歳で倉庫番とか洒落になんないって。だってそうなるだろ?俺達死神が今から殺しまーすなんて周りに知らせるの、新人でもやらないぜ』
スタイリッシュなイメージの自分が、クールでエキサイティングであるこの死神班のG班であるロイド様が、次の副班長の最有力候補であるはずの自分が、こんな小娘なんかに苦戦させられてしまうとは思わなかった。
死神班は勤務時間が長い上に不規則だから体調を崩しやすい。だが、自分の働きが反映されやすい部署でもある。一応班は組んではいるが、よほど手強い相手でもない限り単独行動か精々二人で仕事をする。
死神は時と場合によって動物を仕留める事もあるのだが、大体は人間を相手にするのだ。生き物は生まれたらいつか死ぬ、それは誰しも逃れられない運命である。
こいつは、飛鳥という名前のこの女は俺によって殺されなくてはならない。死神は人間を狩り取るもの、人間は単に狩られるだけのもの。そのくせに、生意気だ。くしゃみをしやがるわ、拳を顎にぶつけて首締めを回避するわ、死にそうなほど病弱なくせして銃弾を信じられない様な反射神経で避けまくってくれやがるわ、もはや死神としてのプライドはズタズタにされてしまったのであった。
色々な方法を考慮した結果、やはり好きでもあり得意でもあるナイフによる刺殺を選んだ。頸動脈を切り裂いて、真っ赤な噴水をこの瞳に焼き付けるまでは、帰れない。ロイドはそのプライドゆえに自らを追い詰めることしか出来なかった。
病室に火を放ってやろうとも考えたが、下手をすれば逃げ場を失って自分も真っ黒焦げになってしまう恐れがあった。死神といえど、火には弱い。ついでに水の中で呼吸をしなかったら、死ぬ。高いところから落っこちても死ぬし、首を締められたらそのまま息ができなくなって死ぬ。
ロイド自身は人間の事を下の存在として見下して馬鹿にしているのだが、実はそんなに違いはない。気配のまったくない人間の様なものである。先程も述べたが、魔法の様な都合のいい能力など持っていない。
殺ってやる、殺ってやるぞ、と何度も呟きながらロイドはひたすらその病室に胡座をかいて待ち続けたのであった。考えてみたら、今まで全て標的は意識がある状態の時しか殺らなかった。それは、無防備な相手を殺りたくないという死神のプライドがあったからである。
しかし結局ロイドは苛々するから寝てから狙うという方法を選んだ。これでダメならこいつは恐らく死というものに忌み嫌われているという事なのかもしれない。
時刻は、深夜一時を回っていた。失敗などもはやするはずがない。できるはずなどない、もしもこれでダメだったら死神を名乗ることなど出来ない。なぜなら、こんな状況であれば今日初めて人を殺すという死神ですらとちり様が無いからである。
ロイドは深呼吸をしてから、まだ焦りが胸の奥に張り付いているので、落ち着いてもう一度深く息を吸い込んだ。そして、ネガティブな感情を息と一緒に追い出した。大丈夫、俺は死神ロイドだ。
最初に試したのと同じく、ロイドはナイフを両手で握りしめて、頭よりも高く腕を振り上げて止めた。このまま降ろせば、確実に殺れる。思っていたよりも手間取ってしまったが、ようやく終わりそうだ。
『さらばだ、いつも以上に忌々しかった人間よ。俺の名誉のために、大人しく死ぬがいい!!』
「ぶえぇぇっくしょんっっ!!」
突然くしゃみをかました標的に驚き、喉元に突き刺さるはずのナイフは狂った手元のせいでロイドの腹に吸い込まれていったのである。
あまりの激痛に叫び声をあげながら床に崩れ落ち、狂った様にその場でのたうち回っていたが、やがて痛みも意識もぼんやりと遠退き始めた。
自分の頭から、体から、ゆっくりと剥がれていく様に、浮かんでいく様な不思議な感覚がロイドの全身を包んでいった。失敗するどころかこれでは只の自害であり、笑えるものならば笑えばいいとロイドは自棄になっていた。
だが、このままでは終わりたくない。どんな方法を用いても逃れてしまう、この少女を、自分の手で必ず、殺したい。仕留めたい。
殺したかった、殺りたかった。どうしても…………