に乃花-2
昨日とおなじ時刻の電車に乗り、ラッシュアワーの洗礼を受けながらも、涼しい顔だけはキープさせていた。
いい女がいるじゃないか、ベッドの上ではどんな声を上げるんだろうなと、そんな声なき声が聞こえてきそうな熱い視線を感じていた。
メールを打つフリをして、じつは盗撮しようと狙っているのではないか。
カメラのレンズが私を追ってくるのではないか。
そんな心配をよそに、電車は何事もなく目的の駅へ私を届けてくれた。
外の空気を口にふくむ。
薫る風、朝靄の陽光、趣(おもむき)のある駅舎。
ここで温かいコーヒーでもあれば、それはもう至福のときが約束されたようなもの──。
「これあげる」
その声に振り返る私。
足元のローファーから見上げていくと、目の前の少女は缶コーヒーを袖でつかんで、私に差し出してきた。
してやったりの満面の笑顔は、愛紗美のものだった。
「どうやってここまで来たの?」
「パパに送ってもらった」
即答だった。
駅を出れば、名見静香の営む花屋までは徒歩で十分ほどの距離だ。
愛紗美を連れて歩き出した私は、踏切を一つ越えたあたりで立ち止まる。
さっきからずっと気になっていたことがある。
ティーン特有の柑橘類に似た甘酸っぱい香りがする。
それに、植物や果物のフルーティーな芳香も漂っている。
女子高生の愛紗美の容姿に矛盾はなかった。
「彼氏はいないの?」
彼女に恋愛話を持ちかけてみた。
「パパがいろいろとうるさいんだよね。門限とか、交友関係とか、とにかくあたしが不良にならないように、いつも干渉されてるの。だから彼氏はつくれないんだ」
「好きな人はいるでしょう?」
「どうかな。同年代の男子は頼りないし、ぜんぜんときめかない。それにあたし、パパのことが好きなんだ。お小遣いくれるし」
「それって、父親のことが好きなんじゃなくて、お小遣いに釣られてるだけじゃない?」
「あたしもよくわかんない。ただ、パパの言うことを聞いてあげれば、お小遣いがもらえるの」
「それ、どういう意味?」
嫌な予感がした。
「ママがいなくなってからのパパ、ほんとうに寂しそうだった。だからあたし、一度きりのつもりで、パパとそういうことしたの」
それはつまり、父と娘のあいだにあってはならないダブーの部分だろうと思った。
普通の女子高生が言っていい台詞ではないことを、彼女はわかっているのだろうか。
私には理解できそうにない。