は乃花-1
だんだん景色がまどろんでいく。
睡魔に吸い込まれるままどこまでも落ちて、沈んで、安らかな気持ちに包まれて、深い暗がりの底にようやく手がとどく。
ここが意識の底──。
すると今度は、閉じた瞼の裏で明かりが灯るのがわかった。
それはすぐそばで眩しく光って、こちらにおいでと手招いているように感じる。
いくつもの光の帯が降り注いで、私の体を突き抜けて屈折したり、乱反射をくり返す。
光の粒子をつかまえようとすると、そこはもう見たこともない空間につながっていた。
いいや、かすかに見覚えがある。
そうだ、なんとなく思い出してきた。
ここはきっと、あの場所だ──。
「おはようございます、小村奈保子さん」
女性の声を聞いた。
私はベッドの上に仰向けに寝かされたまま、視界の外に人を探す。
朦朧とする頭を持ち上げると、そこに彼女の姿があった。
「佐倉、麻衣さん……」
紅茶色の長い髪をルーズに結んで、純白のナーススーツに身を包み、お腹を目立たせているのは、看護師の佐倉麻衣に間違いなかった。
「よく眠れたようですね。麻酔の量が少し多かったみたいなので、先生と相談をして調整させていただきますね」
「あのう、私、家に帰って玄関のドアを開けたら、後ろから誰かにおそわれて……」
「悪い夢でも見ていたんですかね。小村さんは昨日からずっと、この病院で治療を受けていたじゃないですか」
「治療?」
「泉水先生に不妊治療をしてもらえるなんて、もう妊娠が約束されたようなものです」
その医師の名前を聞いて、私はようやくすべてを思い出した。
あのとき、恋人の風間篤史(かざまあつし)さんと電話で話していたさ中に破水して、陣痛におそわれた私が救急車で運び込まれたのが、この病院。
そしていよいよ出産のときを迎えようというタイミングで、じつは私の妊娠が想像妊娠であると告知されて、それは私が望んだ不妊治療の過程のうちであるとも言っていた。
その後もなにかと理由をつけては淫らな治療をつづけながら、産婦人科医療の前進には私の協力が必要なのだと口説かれ、不可解なアプリケーションの実験台にされたのだ。
結果的に得られたものといえば、女性にとってもっとも屈辱的な快感、いわゆるオーガズムの暴力でしかなかった。