ろ乃花-11
「もしもし、奈保子さん?」
声は女子高生の愛紗美のものだった。
「どうしたの?」
「ううん、別に大した用じゃないんだけど、掃除機が見当たらなくて」
「それだったら、玄関のそばにある扉を開けてごらんなさい。そこにあるはずだから」
「うん、わかった」
受話器の向こうで、スリッパをぱたぱたと鳴らす足音がした。
「あれ?」
今度は疑問系の声がする。
「どうかしたの?」
「誰か来たみたい。インターホンが鳴ってるし」
「ちょっと待って、出なくていいから」
「ひょっとして男の人だったりして」
「変なところに興味を持たなくていいから、あなたは大人しくしていて」
「それじゃあ、どんな人なのか顔だけ見ておいてあげる」
「まったく……」
私がため息をついていると、彼女が不吉な台詞を発した。
「ちょっと、最悪なんだけど……」
「何が最悪なの?変な人でも来たの?愛紗美ちゃん?」
応答がない。
「もしもし?」
そこで通話が途切れてしまった。
緊急事態とはこういうことを言うのだろう。
焦りながらふたたび電話をかけなおしてみても、ガイダンスが否定的な決まり文句をくり返すだけだった。
私は急いで自宅マンションを目指した。嫌な胸騒ぎがする。
今朝の痴漢と、花屋にあらわれたホームレス。
どちらかがマンションにまで押しかけてきたのだろうか。
「最悪」だと言って切れた携帯電話を横目に、車も、私の心臓も、制限速度をオーバーしていくのだった。
***
***
マンションに着いた。
駐車場、エントランス、郵便受け、エレベーター、どこにも不審なところはない。
そして部屋の前まで来て、とりあえずインターホンを鳴らす。
中からの返答はない。
それもそうだ。さっき彼女と電話をしていたときにも、インターホンが鳴っても出るなと強く言ってあったから、ただそれをまもっているだけなのだから。
私は玄関の鍵を開けて、ドアの向こうに彼女のローファーを確認すると、ほっと気の抜けた息をついた。