い乃花-4
出産予定日にはまだ余りあったけれど、お腹の子どもは外へ出たくて仕方がないといったふうに頭を下ろし、骨盤をきしませながら産道を突いている。
「ああっ……うんっ……はあっ……はうっ……」
歯ぎしりを鳴らすほど歯を食いしばっても、赤面してしまいそうな恥ずかしい声が、うっと漏れてくる。
子どもを作るときはあんなに官能的で気持ちいいのに、今はもうただ地味に痛いだけだ。
分娩室はまだだろうか。はやく産んで楽になりたいのに。
「小村さん。あなたのお腹の赤ちゃんは、たくさんいる女性の中からあなたを母親に選んだのです」
ナイチンゲールの彼女が話しかけてきた。
「これは偶然なんかじゃありません。前世から引き継いだものでもないし、ほかの誰でもなく、あなたじゃなきゃいけないんです。そう思いませんか?」
私は首を縦に振って、彼女の優しさに応えた。
「私も立ち会いますから、リラックスして臨みましょう」
私は陣痛の中休みに大きく深呼吸をしてみた。
痛みがおさまって気持ちに余裕ができてくると、いろいろと気がかりなことが出てくるものだ。
そういえば彼はどうしているのだろう。
あのとき、彼と電話で話していたところに陣痛がきて、それから……、それから……。
あのあと彼はどんな行動をとっていたのか。
仕事を途中で切り上げて、私のマンションに来ていた様子もない。
定時まで残務をこなしてから、直接こっちに向かうつもりなのかもしれない。
出産には彼も立ち会ってくれると約束していたのだ。
とりあえず彼と連絡が取りたかった。
「あのう、すみません、家族に連絡したいんですけど」
彼とはまだ家族になっていないけれど、やっと普通にしゃべれたのだから、ちゃんと伝わったはずだ。
滑舌には自信があるつもりでいる。
「そういえば、あの人が小村さんのご主人だったのかしら。この病院に到着してすぐに、若い男性が青い顔をして救急車まで駆け寄ってきたんです」
彼女は記憶をたどる目をした。
「だけど妊婦の体が第一優先ですから、私は何も話せませんでした。そうしたらいつの間にかいなくなってしまって」
「そうだったんですか」
「ごめんなさいね」
「もし、彼のことを見かけたら、私が会いたがっていることを伝えて欲しいんです。彼の名前は篤史(あつし)と言います」