い乃花-10
これで私の逃げ道は完全に途切れてしまった。
心が折れて、悔し涙がこめかみから耳にまでつたっていく。
唇は小刻みに震えて合わさらない。
「学会という場で学者たちを口説くためには、とにかく正確なデータが必要なんです。しかも生データでなくてはいけない。小村さんは年齢も若いし、容姿も優れている。僕がかならず妊娠させてみせます」
彼の熱意だけが一人歩きして、私の胸にはぜんぜん響いてこなかった。
「女性が純潔をまもる時代はもう終わったのです。それでは、はじめましょうか」
私の体からカテーテルと膣鏡が取り除かれて、泉水医師の無駄のない指使いが女性器の仕組みを調べ上げていく。
「はっあっ、んん、いやあ……」
どうしようもなく下品な声が口をつく。
それは普段しゃべっているときの声よりもずっと上のほうで、「気持ちいい」と言っているのとおなじ意味をふくんでいた。
「なかなか良質なサンプルが採取できそうだ。外側からだけではなく、今度は内側から女性ホルモンを刺激していきましょう」
彼の言葉に、まわりのスタッフ全員がそろって頷く。なんとも奇妙な光景だった。
佐倉麻衣は自分のマスクをはずして、意味深な笑みを私だけに向けてきた。
思わず見惚れてしまう。
されるがままに私は全裸に剥かれて、室内をぐるりと見渡せば、私を中心にして淫らな雰囲気の円陣ができあがっていた。
「もうやめてください。おねがい、ゆるして……」
居合わせた者はそれぞれの手に何かを握りしめて、それは医療とは関係のない形をしているように見えた。
泉水医師が私に言う。
「あなた自身が性的な欲求を高めていけば、しぜんに妊娠しやすい体質に変化していくのです。かなりの確率でね」
私はもう何も言い返せない状態にまで落ち込んでいたけれど、久しぶりに目覚めた欲求は全身を隈無(くまな)くめぐって、乳首の火照りと陰部の焦りを連れてきた。
円陣の輪がしだいに小さくなり、男の人の荒い鼻息と、女の人の興奮気味な咳払いが、すぐそばまで迫ってくる。
ここは病院なんかじゃなくて、無菌状態の研究施設と呼ぶべきだと思った。
だとしたら私は一体いつから騙されていたのか。
騙すほうが悪いのか、騙されるほうが悪いのか。
これから私は何をされ、どうなってしまうのか。
尽きない疑問をめぐらせているうちに、ついに理不尽な治療が再開された。