『ITUKI』-1
彼女の悲報を知ったのは、僕が部屋に戻った時のことだった。
大学の講義は昼まで受けてそれから自宅に帰った僕を待ち受けていたのは、一本の電話だった。
ドアの鍵を回して受話器に飛び付くと、騒がしい声が聞こえてきた。
「はい、大城です」
「もしもし、久しぶりだな。俺のこと覚えてる?」
「えっと・・・」
頼りない声で僕が応えると、それを察した電話の相手は自分の名前を名乗った。「畠山だよ、高校の時同じクラスだったよな」
「ああ・・・」
僕は曖昧に頷いた。記憶の中から必死で彼を捜したが、何もでてこなかった。
「それで、何か?」
「一応、同級の生徒には全員連絡するんだけど・・・」
そこで彼の言葉がとまる。少し言いづらそうな調子で彼は続けた。
「二条伊月って居ただろう。ほら、学級委員の」
急に彼女の名前が出てきた時に、僕の胸はチクリと痛んだ。
畠山は構わずに、思い切ったように口を開く。それは僕の全く予想していなかった言葉だった。
「実は彼女、事故にあったらしいんだ。詳しいことはわかんないけど、今は病院にいる」
頭を殴られたようなショックだった。
まさか――。
「とりあえず病院の場所だけ教えるように言われてるから、よく聞けよ。」
淡々と続ける畠山の言葉がうまく入ってこない。
僕は呆然としたまま、昔の彼女の記憶を呼び覚ましていた。
二条伊月は僕の初恋の人だった。
初恋と言っても付き合っていたとか、そういう意味ではなく、ただ単に僕の一方的な片思いで終わってしまった物だ。
彼女はいつもクラスの中心にいた。
性格は明るくて真面目で、なにかと世話を焼くので皆からはよく慕われる存在だった。僕は特に目立つような生徒ではなかったし、彼女とはあまり話したこともない。一年の時からずっと同じクラスだったのにも関わらず、いつからか僕は遠くから彼女を見ているだけの男になってしまった。
その後、高校を卒業した僕は家を出て一人暮らしを始めた。
大学は当初の予定とは違う少し遠いところに通う始末になったのだが、正直学校で浮いていた僕にとっては彼女を忘れる良い機会だと思い新しい生活を始める決意をした。
彼女は無論、成績も良く地元の有名女子大に推薦で受かったと聞いていた。
僕はそのとき、自分で自分の恋を終わらせた。三年間、彼女を想い続けたこの気持ちを断ち切ることにしたのだ。
卒業式の日、僕は初めて彼女と二人きりになった。
教室に一人残っていた僕に、二条さんは優しく微笑んで手を差し出した。
おずおずとそれに応じた僕を見て、思い出したようにアルバムを開くとメッセージを書いてくれと、彼女はねだった。
何を書こうか迷った挙げ句、僕は他愛もない激励と感謝の意をアルバムに綴った。同じように彼女は僕のアルバムにすらすらとメッセージを書き込むと急ぎ足で教室から出ていった。